第4話 自国の地
自機の前方数百メートル上空から迫ってきたそいつは、俺がプロペラのない飛行機だと視認した時にはもう後方へと消えていった。
向かい合っての相対速度とはいえ、体感で優に時速700kmは超えていた。
それにこの空気を震わす音はなんだ? あの機体からなのか?
俺が目にしたのは二機。
こちらを偵察したのか、それとも低高度で手が出せなかったのか、いずれにせよもし反転して来て絡まれたら、今度はオートジャイロとは違ってそう簡単には振り切れそうではない。
俺は低空に留まったまま速度を上げる。
地上の人たちが自機を見上げているのが判る。その顔は例外なく驚きに満ちていて、物珍しげだ。
確かにこの高度なら四戦のエンジン音が地上に轟いているだろうが、多摩飛行場近辺のここいらなら、別にさほど珍しくもなかろうもんだが。
腑に落ちないことだらけだが、基地に戻ればすべてが分かるだろう。
もし敵が基地上空まで着いて来るというなら、対空機銃で奴らに挨拶してくれるだろう。
今の速度なら、飛行場まで五、六分で到着だ。
すれ違ったやつらがすぐに反転しても、そこまでは追いついてこれまい――。
飛行場までもう指呼の距離となったその時、死神の鎌が俺の首筋を撫でた。
ゾッとする冷たさに後ろを振り向くと、そいつは後方上空にいて俺を既に機銃の射程距離内に収めている!
「馬鹿な!? いつの間にっ――」
喉をついて出た声が収まる前に、本能的にもう俺は機体を横滑りさせていた。
そいつは攻撃せず、今まで俺が飛行していた軌道を斬るようにもの凄い速度で追い抜いて行った。自機との相対的な速度感覚では、やつは時速800kmを優に超えている……!
そして、自機の左側面へと去って行くその尻から熱源のような空気の揺らぎを感じその後、体感したことのない衝撃波に自機が激しく襲われた。
――っく!!
ガタガタと揺れて暴れる機体を必死に操縦桿で抑える。
脳が揺れ、耳鳴りがして自機のエンジン音が遠くなる。
なんとか体制を立て直すが、俺の上空右後方にもう一機が悠々と飛んでいる。
まだ攻撃をかけてこないのか?
また、遊んでいやがるのか!?
ならばと、俺は機体を傾け山の方へと退避する――構えをみせた。
敵はそれに追随しようとその機体を傾けて追ってくる。
それを破れた風防から覗き込むようにして俺は確認すると、すかさず右に舵を取り直してからフラップを上げ、機体が損傷するのを厭わず急減速する。
敵はその有速が仇となり、俺の鼻先をつんのめるようにして通り過ぎて行った。そしてそのまま山側へと飛行していく。
思った通りだ。敵はこの四戦よりも小回りは利かない。
だがその速度を活かして反転し、また必ず追いついてくる……その前に飛行場へ!
俺が還るべき場所がすぐそこに迫っている。
もうすぐだ……。
良し……視界に捉えた!
――!?
現在の高度は百メートルほどなので全景が見渡せるわけではないが、違う……ここは……違う!
俺はしゃかりきになって首を回し、周りを見渡す。
位置は確かに多摩飛行場だが、全面的に舗装された滑走路、各所にある建築物、設備……全てが違う!
何よりも俺の心胆を寒からしめたのは、管制を司っているのであろう、四方に窓が備えられた立派なコンクリート製の塔のてっぺんに立てられ、風に翻るその旗――
米国旗!!
こんな……こんな馬鹿なことがあるか!?
俺が出撃している間に敵の手に落ちたってのか!?
それとも俺は白昼夢を見ているのか?
信じることは出来ない……が、ところどころ空を見上げている人間、あれは確かにアメ公だ。どうしてこうなった!?
どうして、友軍は反撃し、奪還する様子すらないんだ!?
皇軍はどこへ行った?
畜生……なんだってんだこれは……!?
疑問、疑念、疑惑が渦になってぐるぐる回り、俺の判断力を鈍らせる。
そんな時、再び敵からと思われる不可思議な通信が、俺の耳に届き始めた。
『ェネミィ……フランク! ガピッ……インペリ……ジャパニィ……アーミィズ……フラン――』
――フランク。
そうだ。お前らが隠語で四戦のことをそう言っているのは知っているぞ。
ならばやはり、お前らは俺の敵で間違いないってことだよな!
俺は一度その上空を通り過ぎた飛行場へと反転し、塔へ向けて真っすぐに機首を向けた。
そして超低空で飛行場上空へと侵入すると、その塔の上で翻る旗に照準を合わせ、機首の12.7mm機関砲2門、翼内の20mm機関砲2門の全てを同時に発射した。
機内に機関砲の振動が伝わり、発射された弾は真っすぐに旗へと吸い込まれ、奴らの星をズタズタに切り裂いた。
自機は塔の横すれすれを飛翔し通過する。
ガラスの内にいて、恐怖に表情を強張らせたアメ公の顔も見てやった。
ザマアミロ! 見たか、帝国陸軍の武士道を。
次は敵戦力を潰してやる。俺が墜とされるとしても、それは少しでも敵に打撃を与えてからの話だ!!
地上の滑走路脇にはオートジャイロが数機、格納庫らしき建物には戦闘機もいるかもしれない。
俺は先ほど襲撃してきた二機がまた来襲する前に、これらを攻撃しようと機体を操り始めた――その時。
飛行場の一角から煙を吐きながらもの凄い勢いで昇天するものがあった。
それは細長い筒の形をしていて、尻から炎を上げながらあっという間に数百メートルの高さにまで達すると、急激に方向を変えて反転、そして下降を始めた。
「……何だ?」
そして、それが緩く左右に揺れながら尖頭を向けた先は――俺。
新しい型の
だがそんな地上戦で使うようなもん、当たるかよ!
自機が垂直になるほど横倒しにする回避運動。これであの兵器の落下地点からは逃れられる。
空中で爆発するような榴弾だとしても、擲弾筒を戦闘機に用いるとは敵も案外物資不足で困っているようだ。
さて――と、機体を立て直しつつ先ほどの兵器の末路を確認しようと視線を戻したその瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、地面に落下していってたはずの擲弾もどきが、空中で方向を変えて煙を吐きながらこちらに猛進して来る姿!
俺をっ……追っている!?
まさかそんなはずはない。だが、再び機体を傾けて遠ざかろうとする自機に、そいつは方向を調整しながら吸い付くようにして追尾してくる!
俺は言葉を失った。
そいつから逃れるために機体を操ってはいるものの、速さが違い過ぎる。
時間的には一瞬だったのかもしれない。
だが俺の感覚では、時間がゆっくりと進んだように思えた。
ここまでの人生が走馬灯となって頭の中に蘇った。
そして今までの歩みが現在に繋がったその時――
そいつは、自機のエンジンを直撃した。
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