第43話 成瀬の憂鬱1
思えば、恋愛は結構ダメダメだった。
基本、振られるのはこちら側だった。理由は一つ、『オンとオフのイメージが違いすぎる』。
言っておくが、付き合いはじめはあちらからの告白が多かったので、あらかじめ警告している。自分はプライベートは屍のようだし、本当にだらしない生活を送っているんだ、と。
どの子も目を輝かせて、料理は得意だから、掃除も好きだから、大丈夫と同じことを言った。ならばと思い、好感を抱いている子と付き合った。それなりに、出不精の自分だが彼女のためにデートだとか食事だとか頑張っていたつもりだった。
が、ふりだしに戻る。いくらなんでも、これはレベルが違う。みんなそう言って離れていった。
仕方ない、と思っていた。確かに自分はスイッチがオフになると人間とは言えない生活をしているので、幻滅されてもしょうがない。頑張って直します、と言えるほどの決意もなかった。
いつかまともな生活が送れるようになるまで、彼女なんて作らないほうがいいな、と反省している。
「あの、よければ私夕飯ぐらい作りましょうか?」
そう恐る恐る尋ねてきた子を見て、目を見開いてしまった。
目の前にいるのは同じ職場の佐伯志乃、自分の後輩だった。今日までは仕事上の会話ぐらいしかしたことがない相手だ。体調を崩してしまった自分を家に運んでくれたため、このくそだらしない生活を教えてしまう羽目になる。
だが、彼女には信頼を置いていたので、別にバレてしまってもよかった。普段の様子から見ても、彼女は真面目でいい人だ。仕事は丁寧で細かく、それを分かっているので手伝いをお願いしたこともある。これはきっと周知の事実で、みんな『佐伯さんに頼んだ仕事はミスもないし助かる』と口をそろえて言っている。飛びぬけて目立つタイプでもないが、そこそこ男たちからもウケはいい、でも確か付き合ってる相手がいると聞いたことがあるような?
営業だが、成績がめちゃくちゃいい、というわけでもない。だが多分、一つ一つと丁寧に向き合っているから満足度が高い。
昨日珍しくミスをやらかし、相手を怒らせてしまった彼女だけれども、結局は『いつも頑張ってくれてるから』とそこまで大事にはならなかった。これは間違いなく彼女の普段の行いのおかげである。
それにしても、ミスして泣きそうになったかと思った瞬間、ぐっと歯を食いしばって前へ進んだ姿は、なんだか来るものがった。やっぱりとてもいい子なんだなあ、と。
だが、いくらいい子だと言えども、俺の生活ぶりの面倒を見ようと提案してきたのはびっくりした。だって、今まで彼女すら呆れてきたこの生活、普通関わらないようにするだろうに。ご飯を作ってくれるだって? そんなの拝みながらお願いしたい。
普段の様子を知っているからか、手作りのご飯を食べるのに抵抗もないしむしろすごく美味しかった。人が作ったものなんて久々に食べたからというのもあるかもしれない。
ちゃんと代金を支払うことを約束し、時折食事を運んできてくれる変な関係が出来上がった。佐伯さんには部屋の合鍵も託した。しかし渡した後、『簡単に人に鍵を渡しちゃだめです!』と叱られたのがまた面白かった。やっぱり真面目で、変な下心もない。
佐伯さんが作ってくる料理は、なんだか懐かしい感じがした。今までの彼女は、やたら手が込んでそうなよく分からないものが多かったが(それももちろん嬉しかったけど)佐伯さんは実家の母が作るようなもので、安心感を得られる。
そして、飯を恵んでくれるだけではなく、呆れて自分を叱りつつも受け入れているのが一番すごいな、と感心している。オンとオフのギャップは確かに凄いが、話してるとやっぱり成瀬さんだなあと思います、なんていわれた時には驚きで言葉も出なかった。そんなこと、今まで言われたことなかったのに。
非常に嬉しかった。より一層肩の力が抜けた気がした。(俺の場合これ以上抜けるとやばいんだが)
一緒にいると落ち着くなんとも不思議な人だった。
そんな相手を外へ誘ったのは、本当にいい加減テーブルぐらい買いたい、と思っていたからだ。出不精な自分だが、多分佐伯さんと一緒なら家具屋に行けると強く確信していた。
当日の朝、普段ならギリギリまで寝ている自分が、アラームより早く起きた。珍しいなと感心しながら、風呂に入り、どの服を着て行こうか悩んだ。まあ悩んだところで、外出用の服なんて全然持ってないんだが。
彼女の隣りに並んでも恥をかかせないようにしなくてはいけない。そう意気込んで準備を終え時計を見てみれば、まだ一時間以上もあって驚いた。こんな時間なのか、とがっかりするほどだった。
何で今日はこんなにスムーズに動けてるんだろう自分は?
平日だって、営業だから身だしなみには気を付けなくてはいけないのに、ぎりぎり十五分前にしか起きられない。休日なんて一日中寝巻だ。そんな自分が、朝早く起きた挙句、早く出かけたくてうずうずしてるとは。
嘘だろ?
愕然とした。答えがようやく分かったからだった。
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