第37話 それは確かに大事なものだ!
「さて、ベッド使っていいよ。明日は休みだしゆっくりしてね」
再びソファに座り込んだ成瀬さんはパソコンを見ながらそんなことを言った。隣でそわそわしていた私はぎょっとして横を見る。慌てて聞いた。
「え、成瀬さんはまだ寝ないんですか?」
「うんちょっとやりたいことがあってね」
「私だけベッドお借りするんですか?」
「ちゃんと家事代行の人がシーツ洗ってくれてるよ」
笑いながら言う彼に、そんなことを気にしてるんじゃない、と怒りたかった。だって、私の記憶が間違ってなければ今日告白してくれて、付き合おうってなって、初めてのお泊りですよね。キスだって結局未遂で終わっちゃって、なのに別々に寝る、ってこと?
モヤモヤしてその場から動かない。成瀬さんは涼しい顔をしてパソコンを覗き込んでいたが、少ししてようやく私に気が付いたらしい。不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「いえ、なんといいますか」
「一人で寝るの寂しい?」
揶揄うようにそう言ってきた彼だが、図星なので何も言い返せない。私はうっと答えに詰まり、しおしおと小さくなりながら、呟いた。
「……はい、寂しい、です」
恥ずかしさで爆発しそうだったが、正直に伝えた。だってあんまりだ、せめてもう少し恋人っぽいことがないものか。これじゃあ本当に宿泊しにきただけになってしまう。
いやそれともあれか? あの成瀬さんだから、一般的なイチャイチャは期待できないのだろうか!? それよりも寝ていたいです、とか? 睡眠第一なのか。頭がぐるぐると混乱する。
私の返答を聞いて、次に言葉を詰まらせたのは成瀬さんの方だった。彼は持っていたパソコンをそっと隣に置き、私に向き直る。そして一度咳ばらいをすると、やや困ったように言った。
「もしかして何か勘違いしてる? なんていうか、俺はちょっと色々考えておきたいことがあるのと、今日はとりあえずゆっくりしようかなって」
「は、はあ」
「俺まだ風呂も入ってないからさ。やること終わったら風呂入って寝るよ」
「成瀬さんも寝室に来ますか?」
「い、いや、それはちょっと」
何で困った顔してるんだろう。付き合ってるのに彼はソファで寝るつもりらしい。私は口を尖らせる。
「また風邪ひきますよ……私が急に来たのが悪いんですから、私がこっちに」
「いやいや女の子でしょ。それに寝室はシングルで二人じゃ狭いから。
……っていうのは言い訳で!」
痺れを切らしたように成瀬さんが頭を掻いた。そして眉を下げる。
「佐伯さんが隣にいたら、俺ちゃんと寝られる自信ないよ。同じ部屋にいるだけで襲いそうになったって言ったでしょ」
「襲っちゃダメなんですか?」
「……惑わしてくれるね」
そう言った成瀬さんは少し声を小さくさせた。そして諦めた、とばかりに小さく息を吐き、苦笑しながらいう。
「俺言ったことあるでしょ。ずっと女っ気なかったわけ」
「はい」
「まさかここにきて彼女が出来るなんて思ってなかったわけ」
「はい」
「ないんだよ、大事な道具が」
そこまで言われた瞬間、私はやっと彼が何を言いたのか悟った。同時に、顔を真っ赤に染め上げる。沸騰しそうなぐらい、顔が熱くなった。
成瀬さんはそんな私を見て笑いながら、再びパソコンを手に取る。
「急だったしね。途中で止められる自信は全くないので、今日は申し訳ないけどこのまま寝ましょう」
そう言われ、私は勢いよく立ち上がった。恥ずかしいのと、でもどこか嬉しい気持ちでごっちゃになりながら、私は深々と頭を下げた。
「おやすみなさいませ!」
「おやすみ、また明日ね」
ひらひらと手を振った成瀬さんに背を向け、私は寝室へ移動した。これ以上恥をかくのはごめんだ、あまりちゃんと考えていなかったのは私の方だった。
慌てて寝室の扉を閉め、振り返ってベッドを見た。ほかに何も物がない閑散とした部屋だ。以前熱を出した成瀬さんをここで看病して以来、あまり入ることはなかった。
朝抜けてきたであろうそのままの形で、布団が捲れていた。それがやけに自分の心をくすぐった。一度深呼吸をしてから、ベッドに体を乗せ布団に包まる。ふわっと成瀬さんの香りがして、こんなんじゃ私も眠れるわけない、と思った。
あの成瀬さんと、両想いだった。
信じられないけど多分、夢じゃない。
幸せすぎて、もう何も考えられなかった。色々悲しいことも悔しいこともあったけど、全て吹っ飛ばせる、この布団にはそんな威力があるのだ。
翌朝起きると、なんと成瀬さんはすでに起きて出かける準備をしていた。どうしても行きたいところがあるが一人がいいと思うので、私は家で待っててほしいと言われた。反対なんて出来るわけがなく、私は素直に頷いて留守番をした。家に誰か来ても絶対開けちゃダメ、なんて子供への躾みたいなことを散々言って、成瀬さんは出て行った。
家はどこでも見ていい、と言われていたため、とりあえずキッチン周辺を漁って朝ごはんを食べる。とはいえロクなものがない成瀬宅なので、カロリーメイトになった。まあ、たまに食べると美味しいよね。
それから身支度を整えて、テレビを見たり、ちょっと掃除したりしてみた。早く帰ってこないかなあ、なんて時計をチラチラ見ていたが、昼をすぎても中々帰ってこなかった。少ししてラインが入る、『まだ帰れそうにない、ご飯は宅配とか頼んで!』らしい。
届けてもらおうかとも思ったが、面倒だったのでまだ冷凍庫に眠ってるご飯を取り出して温めて食べた。一人で広々とした部屋の床で食べながら、成瀬さんは今一体どこに行ってるんだろう、とぼんやり思う。
疑問には思うけど別に深く追及したいとは思わなかった。昨日あれだけ真っすぐ気持ちを伝えてくれたため、今現在心が満たされているからだ。寝る前だって……いけないいけない、思い出すと恥ずかしくて赤面しちゃう。
ソファの上でテレビを見るだけの一日が過ぎ去り、まるで成瀬さんだと一人で笑っていたら、夕方を過ぎてようやく彼は帰宅した。外はもう暗くなっている頃だ。両手にビニール袋をぶら下げてリビングに入ってきたのを、私は飛び跳ねて迎えた。
「おかえりなさい!」
飼い主が帰ってきた犬のような反応をしてしまったと自覚していた。成瀬さんを犬っぽいと思ったことは何度もあったが、今回は自分がその立場だ。
私を見てにこりと笑った。持っていた袋を床にどさりと置き、彼は肩を回した。
「ただいまー思ったより時間かかっちゃったなーごめんね」
「いえ、全然大丈夫です。急に上がり込んだのは私なので」
「お昼とかどうした?」
「家にあったもの食べました」
「出かけたついでに夕飯は買って来たよ」
「成瀬さんがですか!?」
「はは。俺一人ならこんなことしないけど、佐伯さんも食べるんだって思ったら全然苦じゃなかったよ」
袋を覗き込んでみると、確かにお弁当や飲み物なども入っている。なんだか感激してしまった、まるではじめてのおつかいを観覧したときのようだ。成瀬さんが自分でご飯を買って帰ってくるなんて。じーんと胸が熱くなる。それを気づかれたのか、彼は目を座らせていった。
「ちょっと、そんな感動するとこ?」
「成瀬さんがご飯を買って帰るなんて」
「いや俺子供かよ」
「食生活は子供以下でしたね」
「……」
二人で顔を見合わせ、笑う。成瀬さんはコートを脱ぎながら言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます