第27話 女は酒を飲むと口が悪くなる
部屋に入り、冷え切った部屋にエアコンをつけ、二人向かい合って座り込んだ。沙織は温かいお茶を出してくれ、私は落ち着かせるためにもそれを飲んだ。
私はこれまでのことをすべて彼女に話していた。あの生活力がない変人が、成瀬さんだということもついにばらしてしまう。沙織は二回ほど私に名前を聞き返していた。成瀬慶一だ、と繰り返し伝えると、卒倒しそうな顔で一瞬天を仰いだものの、すぐに話の本質に戻った。
いつの間にか片思いしてしまったこと、大和のことを相談したいと思っていたのに急に会えなくなり、今日高橋さんと二人で食事する姿を見てしまったこと。もう自分でも何が何だか分からないくらいショックで、走ってここまで来てしまったこと。
部屋が温まる頃にはもう話は終わってしまっていた。長い物語だった気がするけど、言葉にして説明すると案外短くまとめられるものだ。
すべて説明し終えると、黙っていた沙織が静かに口を開いた。彼女はなんとも複雑な表情をしていて、理解に苦しむような、不思議がるような顔をしている。
「あーえっとーどこから聞こうか……」
「ごめん、突然こんなこと言われてびっくりしたよね……」
「とりあえずー、志乃がそのご飯くんのこと好きなんだろうなーってのは何となく感じてたけど、それがまさか私ですら知ってるあの成瀬さんとは驚かないはずがないよね。はーそうか。あんな完璧人間にそんな欠点が……いやいや、そこはいい、置いておこう。
成瀬さんがあのぶりっ子と一緒に飯に行ったことは許せんが」
「ぶりっ子」
「んーでもなあ。話を聞いてる限り、ぶりっ子に靡いてるわけないと思うんだよなー」
沙織は腕を組んで首を傾げる。私は温かいお茶を両手に包みながら答えた。
「高橋さんは確かにすごく可愛いよ、うちの男性社員もみんなあの子に夢中な感じするし……」
「性格悪くて根性腐ってるくせによ」
「沙織、お言葉が」
「私は正直なだけ。見る目のない大和を先頭とした男たちは置いといてさ、成瀬さんはぶりっ子と揉めたときちゃんと話聞いてくれたわけだし、ちゃんと冷静に見てると思うんだよ。そのあと志乃と出かけて、また出かけようとも言われて……なのに急に」
そこまで言いかけた沙織は、何かに気が付いたように表情を変えた。が、すぐに口を閉じる。そして目を閉じて首を振った。
「いやいや、第三者の私が余計な詮索や憶測をしてごちゃごちゃさせてはいかん。
志乃! 告白しな!」
突然そんなことを言って来たので、私は飲みかけていたお茶でむせ返ってしまった。ゴホゴホと咳をしながら沙織を非難する。
「無理だよ! 言ったじゃん、部屋に呼んでもなんもいい雰囲気にならなかったんだよ、女として見られてないよ!」
「一般的に考えたらそうかもしれないけど、あんな変人を一般論で考えるな」
どうしよう、凄く納得してしまった。ごくりと唾を飲む。
成瀬さんに普通は通用しない。ご飯を食べるという最低限の生活も出来ない人間に、普通の恋愛論など意味ないのか。
だが、私は未だ俯いている。
「というか……それでもし上手く行ったとしても、果たしてちゃんと付き合えるのか……お母さんみたいになって終わりなんじゃ」
「それは志乃の腕次第」
「いや、でもやっぱり私が告白したとしても、付き合えるなんて考えられない。プライベートはともかく、仕事中はあんなにすごい成瀬さんが」
「志乃。気づいてる? 志乃は全部自分で考えて自分で答えを出してるよ。
そこに成瀬さんとちゃんとした会話は何一つない。なぜ今急に会えないのか、ぶりっ子と二人で飯に行ったのか、自分を女として見てないのか、全部向こうの口から聞いてないじゃない」
そう言われハッとした。
確かにそうだ。私は話したいことがある、ということだけは伝えたが、あとは何も伝えてないし聞いてもいない。
沙織はさらに続ける。
「話を聞いてると、どう考えても成瀬さんの行動は唐突だし何か原因があるのは確か。まあ、もしかしたらぶりっ子と上手く行きだした、なんて最悪の答えがないとも言えないけど、それならそれでちゃんと聞かないと。志乃は進めないじゃん」
「……確かに、そうだね。もし高橋さんと付き合うってなれば、私が持ってる成瀬さんの合鍵、返さなきゃ」
自分のカバンを見る。成瀬さんから預かった鍵は、しょっちゅう使用していた。あれで家の中に入り、寝ている彼にご飯を渡すのだ。
もし成瀬さんに彼女が出来るとしたら、こんなもの持ってていいわけがない。
沙織は肘をつきながら口を尖らせて言う。
「聞いてる限りぶりっ子と付き合うってないと思うけどね。志乃の方がよっぽど好かれてるでしょ」
「私じゃ」
「人の手料理苦手なのに志乃のご飯だけは食べれて、向こうの家の家具まで選ばされて、また出かけようって言われて? そんなんどう見ても……いやいや、だから私の意見は今どうでもいいよねうん。大事なのは志乃がちゃんと本人から聞くことだよ」
沙織の諭すような声に、ゆっくり頷いた。
考えてもみなかった、告白するなんて。
私の好意が向こうに伝われば、この関係が終わってしまいそうで怖いと思った。でも、このままじゃきっと何もしなくても破綻する。だったら最後に、ちゃんと気持ちを伝えてすっきりした方がいいに決まっている。
そうしよう。
その方が、自分もすっきりするじゃないか。
「うん、そうだよね。私、言わなきゃいけないよね」
「そうだよ! 一人で悩んでても駄目だよ。別に鍵持ってるんだし、夜中まで居座って待ってればいいじゃん、最後なんだからやりたいようにやっちゃえ!」
心強い友人の言葉に、勇気を貰えた。私はぎゅっと握りこぶしを作る。
「ありがとう沙織。私、ちゃんと言うよ」
「そうこなくっちゃ!
そしてもう一つ、あのストーカー野郎はどうするかね。警察呼ぶ?」
言われて思い出した、大和がいるんだった。私ははあと息を吐く。
「家の前に待ってる、ぐらいじゃ、警察も厳重注意がいいところなんじゃないかな?」
「言えるねえ」
「引っ越しは考えてるんだよね、いい物件がないんだけど」
「落ち着くまでうち泊まっていいよ。でもねえ、引っ越したところで会社は一緒だし、付きまといが終わるわけじゃないよねえ。今更志乃のよさに気づいても遅いんだよバーカ! お前はお呼びでない、成瀬さんを出せ成瀬さんを!」
「はは、大和もどうしてああなったやら」
「でも冗談抜きで、防犯グッズとか持った方がいいかもよ。ニュースでそういうの見たりするしさ。警察より、職場に報告する方がよかったりしないかな? 逆上したら怖いけど」
「ううん……ちょっと考えてみるよ」
確かに、恋愛関係のもつれで最悪なことに、なんてなるニュースを見たことがある。今まであんなの、自分には無縁だと思っていた。でも最悪パターンは、そういうのもありってこと?
いやいや!
「てゆうか浮気して刺されるならまだしも、浮気されたのになんで私が刺されるんだよ!」
ついテーブルを叩いてしまった。沙織は哀れんだ目で見てくる。
「正論過ぎて何も言えないわ」
「うん、引っ越そう。今日はいい物件なかったけど、もうちょっと見てみる」
「そうしなそうしな。あーあ、成瀬さんの告白が上手く行けば守ってくれると思うのに」
そう言われて、成瀬さんと付き合えるシーンを想像してみた。
ああ、どうしよう。
ソファから一歩動くのも嫌がる成瀬さんが、大和を追い払うシーンなんて想像できない。
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