第17話 私が選ぶんですか!?
「え、私に聞くんですか?」
「うん。佐伯さんが選んで」
「え!? 私が選ぶんですか!?」
「このテーブルの上に置くご飯を作ってくれるのは佐伯さんだからね、佐伯さんに決めてもらわないと」
わけのわからない理由で決断権を頂いた。少し離れたところで、あの店員さんがうんうんと頷いて、何やら生温い目で私たちを見ている。成瀬さんの発言を聞いて、何か勘違いしてないだろうか?
困って眉を下げるも、成瀬さんは期待したようにキラキラした目で私を見ている。ううんと唸り悩んだ挙句、私は恐る恐る声を出してみた。
「どちらも部屋には合うと思いますが……こっちの木目調の方が、あったかい感じがしていいかな、と」
「オッケー決まり」
「決まっちゃった!? 本当にいいんですか?」
「うん、いいの」
笑顔で店員に購入の意を伝える成瀬さん。なんだか私一人重大な判断をさせられ不公平だと思い、つい成瀬さんに言い寄った。
「じゃあ私の部屋のテーブルも成瀬さんが決めてください!」
「えっ」
「そうすれば公平です、えっと私の欲しいサイズは……」
「いや、でもさ。俺佐伯さんの家見たことないから、さすがにどれが合うかとか分かんないよ」
困ったように首を傾げる成瀬さんの発言を聞き、確かに、と納得してしまった。
私は成瀬さんの部屋を知ってるから想像しやすいし決めやすかったけど、どんな部屋に住んでるのか分からないのではさすがに決めるのは難しいだろう。成瀬さんも困るか。私は口をへの字に下げた。
「そ、そっか……でもなんか不公平ですよ! 私あんな重大な決断をしたというのに」
「大げさだなあ」
「成瀬さんに決めてもらえばお互い様だって思ったのに」
「うーんでも女の子の部屋の家具適当に決めるのもなあ」
成瀬さんも考えるようにしたあと、すぐに良案が浮かんだような顔をした。そして私の隣りに少しだけ近づき、やや声のトーンを落として言った。
「じゃあさ。佐伯さんのテーブルは、また次買いに来ない?」
「え?」
「佐伯さんの部屋を見てから俺が決める」
よし決まり、とばかりに彼は頷くも、私はぽかんとして動けずにいる。成瀬さんにテーブルを選んでほしいって言ったのは確かに私だけど、だけど……。
え、それって成瀬さんを私の部屋に招待する流れになってしまっているのでは?
「あ、あの成瀬さ」
「あ、ほらネットでも買えるんだって。今日目ぼしいやつ見といて、後で選べばいいんじゃん? そうしよ。すみませんガラス製のテーブルってどのへんですか」
口を挟む暇もなく、成瀬さんはどんどん話を進めていく。寝てるばっかりの時とは別人のように、物事がスムーズに運ばれるので私はついて行けない。
なんとも自然な流れで彼に部屋を見せる約束を……。
改めてそう思った途端、自分の顔が瞬時に熱くなったのを自覚した。なぜだろう、緊張が凄い。いやいや、普通だよね、先輩を部屋に招待するんだもん。あんなに平然と部屋に来ることを決めちゃう成瀬さんが変なんだよ。
戸惑ったままおろおろしてる私に、離れたところから成瀬さんが声を掛けてくる。
「ほら佐伯さん! これとかどう? お洒落な感じ」
無邪気に家具を選ぶ成瀬さんを見て緊張が抜ける。私は苦笑いしながら、彼に駆け寄った。
結局成瀬さんの提案通り、私のテーブルは買わず下調べだけ行った。サイズ感が合うものを写真で納め候補に入れておく。そして成瀬さんのテーブルだけ購入した。
一階に降りて会計をするとき、彼は忘れることなくお皿も購入してくれた。当然のように二枚手にして会計に持って行った。今独り身な自分としては、一枚でよかったのだが、もし成瀬さんが本当に家に来るのなら……その皿を使うかもしれない、なんて邪な気持ちを持って黙っていた。
「なんか食べる?」
ゆっくり家具屋を堪能した後、気が付けば昼時になっていた。
店を出たとき成瀬さんが私に尋ねる。頷いて返事をした。
「はい、昼時だし何か食べましょうか」
「腹減ったよね、何食べたい?」
「えっと……なんでもいいですけど……」
「ピザ好き?」
「はい、好きです」
「近くに美味しいイタリアンあるんだって! 行かない?」
「はい、ぜひ!」
「前仕事先の人と雑談してて聞いたことあって。いこっか」
成瀬さんは迷うことなく足を踏み出す。私もその隣に並び続いた。
街中で多くの人たちとすれ違う。時折女性は成瀬さんをチラチラと眺めていた。ああ、どこでも注目を浴びる人なんだなあとしみじみ思う。
「成瀬さんいろんな人から見られてますね」
「え? 俺なんか変?」
「変と言いますか……というか、結構人多いから、会社の人たちとかいたらどうしようって緊張してます」
「別にみられてもいいじゃん、ちょっと買い物に来ただけですーって言えば」
「成瀬さんと二人で買い物に来たがってる女性がどれくらいいると思ってるんですか」
無自覚モテも罪なものだ。女のどろどろとか知らないのかなあ。
「まあ会社とは結構離れてるし大丈夫でしょ。あ、あっちだよピザ」
成瀬さんが指をさした先にあったのは、小さめのレストランだった。真っ白な壁と看板にシンプルなイタリア語と思しき文字。可愛らしいお店にぐんと心が跳ねる。
隠れた名店、という感じ。落ち着いて食事できそうだし、いいお店だ。
「可愛いお店です! いいですね!」
「あ、よかった」
「わ、中も可愛い」
足を踏み入れるとこれまたシンプルだけど可愛らしい店内だ。レジ横に置かれたピンク色のお花が映えている。おいしそうな香りがぶわっと鼻から肺に流れてくる。つい深呼吸をしてしまった。
店内はそれなりに人が多いようだった。店員が私たちに気づき人数を確認する。まだ満席ではないようで、すぐに案内してくれた。窓際の二人用の席だった。
私たちは向かい合って座り、メニューを開いてみる。パスタにピザ、サイドメニューもおいしそうなものが豊富だ。私は目を輝かせる。
「どれも美味しそう!」
「俺ピザ食べたいなー」
「パスタも美味しそうです!」
「佐伯さんってさ、食べるの好きなひと?」
笑って尋ねられる。私は頭を掻いて答えた。
「まあ、そりゃ好きですよ……だから成瀬さんの生態が本当に理解できません。私は仕事が終わったら何食べようって考えて頑張るタイプですよ」
「俺も食べるのは好きだよ? 食べるまでの過程がそれ以上に嫌いなだけ」
「もう、生きる上に必要なものですよ! ほら、せっかく来たので今日はいっぱい食べましょう」
「いいね、俺ピザとパスタ両方食べよう」
「成瀬さんなら余裕ですね。私はどっちにしようかなあ」
「ピザ分けてあげるよ」
「ほんとですか? やった」
会話が滞ることはなかった。私たちは笑いながらメニューを決めていく。それを注文し終えると、一息つくように運ばれてきた水を一口飲む。グラスをそっと置きながら、私は目の前にいる成瀬さんを盗み見た。
整った顔。真顔は結構きりっとしたタイプだけど、笑うとクシャってなる犬顔。少し前まではこの人とはほとんど話すことがない、別世界の人間だった。それが不思議なことに、向き合って休日にランチをするなんて。
それに一番驚いているのは、そんな成瀬さんといるとどうも肩の力が抜けてリラックスしてしまっている自分だ。見ているしかなかった、凄い先輩相手に。業務事項を伝えるしか話したことなかった、会社の人気者に。
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