第16話 理由も分からないが不愉快
ゆっくりとした歩調で歩きながら、成瀬さんが言う。
「確かあっちにあるんだよ、結構大きな家具屋。よさげなやつ」
「えっと、成瀬さんはどういうのがいいとかあるんですか?」
「うーんそんなにこだわりはないけどね。サイズが合ってて、使いやすそうな感じならなんでもいいかな。佐伯さんは?」
「私はガラス製とかいいなーって」
「あれ指紋付くじゃん、俺絶対無理だわ。指紋だらけになる」
「ああ、確かに成瀬さんにはちょっと」
「汚れが目立たないやつがいい」
「一応見た目綺麗でいたい、という感覚はあるんですよねえ、家事代行頼むくらいだし、仕事中もいつだってデスク上は綺麗だし」
「綺麗好きだけど動きたくないという最悪パターンな」
「あはは!」
二人で話しながら歩みを進めていく。ずっと緊張していたのが嘘みたいだ。話してみればいつも通りの成瀬さんで、家にいるのかと勘違いしてしまうほどのリラックス。
成瀬さんは続ける。
「はあー俺がテーブル買う日が来るとは思ってなかった。一生買わないかと思ってた」
「信じられませんよ私からしたら……」
「佐伯さんのおかげだねほんと。ご飯めちゃくちゃ美味しいし、俺本当助かってる。なんであんな料理上手いの?」
「あの、本当に謙遜ではなく料理上手くないですよ別に。並みだと思います。本当に料理上手な人はルーを使わずカレー作るんですよ」
「へえー! じゃあ俺の好みの味が似てるのかな? いつ食っても本当に美味いの。外食より美味い」
「大げさな……」
そういいつつ、にやける頬が戻らない。ああ、今度は手が込んだもの作ってみようかな、なんて、単純にもほどがある。元々料理は好きなタイプではなかったというのに、褒められたらすぐこれだ。
大和にだって作ったことはある。まあ、普通に『美味しい』って完食はしてくれたけど、成瀬さんほど感動してなかったんだよな。
なんだかんだ会話が途切れることなく話していると、目的の家具屋にたどり着く。かなり大きい、そしてお洒落な家具屋だ。ここら辺では一番有名らしい。私たちはそのまま足を踏み入れた。
まず見えたのは小物たちだった。お皿やキッチン用品、雑貨など。可愛らしいデザインのものが多く並び、どうしてもキラキラした目で見てしまう。
「成瀬さん成瀬さん! お皿可愛いですよ!」
「ああ、皿、ね……」
「成瀬さんお皿って持ってましたっけ?」
「百均で買った一枚だけ」
「一枚て……ちょっと買いませんか? いつもタッパーのまま食べてるし。ああ、洗うのがめんどくさくなるか。私は欲しいなあ」
つい手を伸ばして色々見てしまう。一人暮らしじゃ皿なんてそんなに種類があってもしょうがないのだが、見るとテンションが上がるのが女というものだ。可愛い形、柄、使いやすそうな素材。つい目的も忘れて楽しんでいる。
「あ、これ可愛いなあ」
「へえ、確かにオシャレ」
上品な花が描かれた洋皿を見つめる。大きさもいい感じだな、値段も手ごろだし買ってみようかな。そう考えていると、成瀬さんが言った。
「今日は普段のお礼として、俺が買うよ」
「え!? いやいや、いつもバイト代貰ってますから!」
「それだけじゃ感謝が伝えきれないね。これ買おうか、いいデザインだね。今買うと荷物になっちゃうから、帰りに忘れずに買って行こう」
「あ、ありがとうございます……」
成瀬さんにプレゼントされてしまった。なんだか心臓がきゅうっと痛い、狭心症だろうか。
家で使うものを一緒に見ているって、なんだか不思議な気持ちになる。自分のプライベートを相手に見せてしまっているような、そんな感覚だ。私は成瀬さんの家とかはもう見てしまってるけど、私の家に招待なんてしたことはないから、どうもむず痒い。
「あ、二階がテーブルとかあるって。佐伯さん行こうか」
「はい!」
私たちはそのまま階段を上っていく。
二階にたどり着くと多くのソファやローテーブルなどが並んでおり、かなり種類は豊富のようだった。お洒落なデザインに心が踊り、私は目を輝かせる。
「わわ、色々ある! どれもいい、テンション上がる!」
「……ははっ」
「あ、ごめんなさい、うるさくて」
「ううん、楽しそうでいいなって思って。佐伯さんって、仕事中はしゅっとして大人びてるけど、実はかなり表情豊かな人だよね」
「仕事中とイメージが違うというセリフは成瀬さんにだけは言われたくありません」
「はは、その通りだ」
二人でとりあえず近くのテーブルに近づき、眺める。私はソファを買う予定なんてないくせに、設置してあったソファに座ってみる。ああ、いいなあソファあるって。私の部屋にはないのだ。でも買うにしてもこんな大きいのはいらないなあ。
私を真似して成瀬さんも座る。しかし、すぐに目がうっとりと細くなるのを見て慌てて立ち上がる。
「成瀬さん、駄目ですよ寝ちゃ!」
「あ、バレた? ソファに座ると睡眠スイッチが」
「座るのはやめましょう、テーブルテーブル!」
私たちがそう騒いでいると、背後から声がした。落ち着いた男性の声だった。
「何かお探しですか?」
振り返ると、五十代くらいのベテランそうな男性スタッフが立っていた。気づかぬ間に店員が近づいてきていたらしい。私たちは頷いて答えた。
「えっと、テーブルを見てて」
「ああ、新婚さんでいらっしゃいますか? 新居に?」
突如そんなことを言われたため、私は固まってしまった。一瞬彼の言った言葉が理解できなかったくらいだ。
新婚? 新婚?? ああそうか、男女が一緒に家具を見ていれば普通そう勘違いされても不思議ではない。いくら私と成瀬さんの顔面偏差値があまりに釣り合っていなくても、だ。
店員は特に深く考えて発言したわけではないと分かっているのに、戸惑いが隠せなかった。胸が苦しいほどに痛い。
けれどそんな私の隣りで、成瀬さんは笑いながらサラリと否定した。
「いえいえ、友人なんです。お互い一人暮らししていて、それぞれ欲しいものがありまして」
「ああ、そうでしたか」
「サイズ的にはこれくらいのを探してるんですが、どういうのがありますか?」
「ふんふん、ああ、こちらですと……」
一人意識してしまっている私をさしおいて二人は勝手に進んでいく。笑いながら店員と並び歩き出す成瀬さんの後ろ姿を軽く睨んだ。なぜ睨んだのかは分からない、ただ理由も分からないが酷く不愉快だったのだ。
おかしい。成瀬さんは何も悪いことはしていないというのに。
とぼとぼと後ろから後をついて行く。成瀬さんは店員から色々教えてもらい感心しながら話を聞いている。無言でそれを見ていると、ある拍子にくるりと私を振り返った。
「佐伯さんは、どっちがいいと思う?」
「え?」
「あっちのと、こっち。俺の部屋どっちが合うかな?」
彼が指さしたのは、至ってシンプルなものだ。木目調のテーブルと、セラミック調デザインのもの。どちらもお洒落で、モダンな感じだ。
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