第8話 友人の怒り
翌日、同期の沙織からラインが来た。入社時から仲良くしている友達の一人だ。ランチに行くぞ、と一文だけ書いてあり、その文面を見てなんとなく察した。
私と大和が付き合ってたことは、沙織ももちろん知ってる。別れたことがどこかから耳に入ったのだろう。
しまったな、と顔を歪める。沙織にはちゃんと私の口から言いたかったのに。そのうち改まって話そうと思っていたら、なかなかタイミングがなく二週間もすぎてしまった。沙織が目を吊り上げて怒る様子が目に浮かぶ。
その後大和とは同じ会社にいながらも、運良く顔を合わせることはなかった。会うのは気まずいからそれでいいのだが。後藤さんは相変わらず意味の分からないアピールをしてくる。もう分かったからやめてくれ、と言いたいが、言うのも癪なのでどこまで続くのか見守っているところだ。
その日昼休憩になると、待ち合わせていた会社近くのカフェに入った。先に入っていた沙織はメニューを眺めながら私を待っている。その正面に駆け寄った。
「お待たせ! 早かっ」
声をかけようとして、沙織がギロリと私を見たので固まってしまった。黒髪ロングヘア、きりっとした美人系なので、睨むと迫力が凄い。
沙織ははあと息を吐く。
「そこ座って」
「え、私今から尋問されるの?」
「当たり前でしょ心当たりあるでしょ。はい、このパスタランチでいいよね、すみませーん」
もはやランチを選ぶ時間すら与えてもらえなかった。まあパスタは好きなのでいいんだけど、これは随分怒ってると見た、確かに報告が遅くなってしまったもんなあ。私は小さくなり怯える。
注文し終えると、運ばれたお冷を一口飲み、沙織は腕を組んだ。
「……昨日、大和と帰り道ばったり会った」
「は、はあ」
「知らないキラキラ系女子と仲良さそうに歩いてた」
「は、はあ」
「あれって営業部の子じゃない? どうなってんの、あんたたちいつの間に別れたの!?」
私は頷きながら、報告していなかったことを謝った。そして、事のあらましを告げた。
残業の帰りホテルから出てくる場面を見てしまい、その場で別れを告げて以来会っていないこと。沙織はこれでもかというくらい目を見開き、わなわなと震えて爆発するんじゃないかと心配になるほどだった。
「な……な!」
「それが二週間前のことで。言わなきゃって思ってたのに、ほんとごめん」
「浮気してたの? しかも志乃と同じ部署の子と?」
「同じ部署で、さらに言えば指導係を勤めてる後輩だよ」
「は!? じゃあ、あの全然仕事できなくて残業のしわ寄せが志乃に来てるって言ってた、あの後輩!?」
「今は付き合ってるみたいだね。ちょいちょい匂わせてくる」
沙織は勢いよく机に突っ伏した。まさか大和が浮気したとは思っていなかったらしい。彼女は拳を震わせながら言う。
「い、いや、まさかそんなすごい展開だとは思ってもなかった……そりゃなかなか人にも言えないよ……よりにもよって、そんな相手と浮気してそのあとも堂々と付き合うとか、頭どうなってんのあいつ。そんな男だったっけ!?」
「そんな男だったみたいだね」
「殺したい」
「物騒な」
「だってそうでしょう!? 許せない、信じられない、一年も付き合って終わりがこんなんとか!」
顔を上げて強い口調で言った沙織の表情は、怒りに満ちていた。私のためにそれだけ本気で怒ってくれたのがなんだか嬉しくて、私は微笑んでしまう。怪訝そうに沙織が見てくる。
「笑ってる場合じゃないよ!」
「そ、それもそうだね、怒ってくれたのが嬉しくて」
「その女のしたことばらまいてやる!」
「それ、同時に私が寝取られた、って噂になるのが嫌なんだよね」
「……それもそうか」
「まあ、私と大和が付き合ってたことは一部の人しかしらないけどさ。噂になれば絶対広まるだろうから」
沙織は苦しそうに顔をゆがめた。そして、私に心配そうに尋ねてくる。
「ご飯食べれてる? そんなことがあったらすごくショックだろうし……」
「あ、うん全然食べれてる」
「夜は眠れてる?」
「あ、うん爆睡」
「そうなの? まあ、やつれてる感じは見えないけどさ」
「それどころじゃないっていうかね」
私は成瀬さんのことを思い出し、ふふっと笑ってしまう。仕事初日はダメージからミスをやらかしたけど、それ以降は成瀬さんの衝撃が大きすぎて、大和のことは忘れてしまっている。いや、忘れたわけではないのだが、いつでも余裕で幸せな私でいることで、大和に仕返ししたいと思っているのだ。
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