第7話 その後の私たち
「はい、こっちの果物も食べてくださいね!」
「お、苺だー」
「はあ、二日も食べないなんて……信じられません」
私は呆れて言う。連休を挟んだので、成瀬さんに会うのはちょっと久しぶり。冷凍しておいた料理をしまっておいたのだが、たぶん温めるのが面倒でこの人はあまり食べてないみたいだ。
成瀬さんと不思議な関係が始まって二週間。私は夕飯を作った日は彼の家に届けていた。預かった鍵で勝手に入っていい、と言われてるのでそうしてる。家に入ると、成瀬さんは大概ソファに寝そべって寝てるかテレビを見てるかだ。
仕事場では、こんな関係を知ってる人はもちろん誰もいない。あの成瀬さんの合鍵持ってるだって? 女子社員に殺されるかもしれない。
「あーうまかった。あ、お金持っていってね」
「あの、前も言いましたが多いですよ」
「手間賃だよ。届けに来てくれてるんだし、宅配弁当頼んでるようなもんじゃん」
「宅配弁当頼めばいいのでは……?」
「注文するのと玄関まで行くのがめんどくさいよね」
(まじかよほんとこの人は)
私が用意してきた大量のご飯はすべて食べつくした。普段あまり食事を取らないせいか、成瀬さんは食べるときに大量に食べる。私は数日分のつもりで持ってきた食料たちが、一度にお腹に収まってしまう。これはこれで体によくない気がするんだが。
成瀬さんは丁寧にごちそうさまの挨拶をすると、背後にあるソファにもたれかかった。私は呆れて言う。
「ところでテーブル買いませんか、床でご飯って」
「テーブルねーほしいんだけどね。買いに行くのが面倒で……ネットで買うにもサイズ測るのが面倒で、いつのまにか後回し」
「想像通りの答えです」
「食べるときにあったほうがいいな、というのは痛感してる。佐伯さんは最近引っ越したんだっけ?」
「はい、前はもっと古いアパートだったので、綺麗なところに住みたくて。使ってた家具をそのまま持ってきてるんですが、サイズ感は合ってないです。やっぱり違和感あるので、ちゃんと測って買うというのは正しいですよ」
私は笑う。以前より広い部屋になったので、使っていた小さなローテーブルはどこか浮いている。余裕があれば買い換えたいなあ、とは思っていた。
まあ確かに、家具屋に行くって結構労力使うから、後回しになる気持ちはわかるんだけどね。
私は床に置いてある空っぽのタッパーたちをまとめていると、ソファにもたれて天井を眺めていた成瀬さんが思い出したように尋ねた。
「そういえば、あれどうなった?」
「え?」
「浮気した最低男」
ああ、と声を漏らす。手を止めることなく、冷静に答えた。
「なんか連絡来てましたけど全部無視していました。そしたらぱったり来なくなりました」
「なんの連絡だっていうんだ? 復縁かな」
「違うと思います。どうも浮気相手の女の子と付き合ってるみたいなので」
私が淡々と述べると、成瀬さんが勢いよく頭を起こした。目を真ん丸にして見ている。その表情がなんだか面白くて、私は笑ってしまった。
「多分、ですけどね。その浮気相手の女の子が、私に見えるように匂わせてきます。別にそんなことしなくてももう気にしてないのに」
指導係でもあるので、高橋さんのデスクにはよく話に行く。そのとき、デスクの上にあるのは大和を連想させるものばかりだ。大和が好きだったキャラクターのボールペン、大和とお揃いのタンブラー、同じ色のマフラー。普通の人から見たらなんてことないものたちも、私だけは分かる。あれは大和と関係あるものだ、と。
最初は少したじろいだ。でもそのつど、成瀬さんが言ってくれた言葉を思い出して平然を努めた。高橋さんは、大和と付き合うからもう首を突っ込むな、と言いたいのだろう。言わなくても、あんな浮気男くれてやるというのに。それとも、『大和を返して!』と私が泣きわめくのを期待していたんだろうか。
もう今はほとんど気にしないぐらいまで来ていた。そう、成瀬さんのご飯係が忙しくてそれどころじゃない。
彼はふうん、と頷く。
「佐伯さんが引きずってないならいいことだ。最近さらに仕事もやる気で評判だよ」
「え、そ、そんな」
「ほんとに。頑張ってるね」
そう微笑んでくれる成瀬さんを見て、胸がむずがゆくなった。あの成瀬さんに褒められるなんて、こんな嬉しいことはない。プライベートは別として、仕事中は本当に憧れるんだから。
「ありがとうございます……」
「飯も上手いし! 食いすぎた」
「一度にじゃなくてちゃんと三食、いやせめて二食まともに食べれませんか?」
「できたらいいんだけどなぁ。てか、満腹でヤバい、眠気が」
成瀬さんはずるずるとソファによじのぼり、そのまま気持ちよさそうに寝息を立て始めた。この間約15秒。漫画のような寝つきの良さ。
私は少し笑いながら片付ける。ほんと成瀬さん、職場とイメージ違いすぎ。
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