第3話 ざまーみろ
「え……? さ、さすがにこれ、男の人と言えども……」
しかもあの完璧人間と言われる成瀬さんが? 料理とかもさらっと作ってしまいそうな成瀬さんが? というか可愛い彼女とか何人いてもおかしくなさそうな成瀬さんが??
冷蔵庫からピーピーと警告音が響いてハッとする。とりあえず水を取り出した。
それをもって寝室に戻ってみると、服を脱ぎ捨てたままの成瀬さんがベッドに寝ていた。なんと、服着てないではないか。下着姿のままです、ご馳走様でした。
「わわ、な、成瀬さん!」
慌てて体の上に布団を掛けて隠す。が、その体が震えていることに気が付いた。新しい服なんか出す余裕もないぐらい、熱が上がってるらしい。触ってみると確かに、これはまずい。
「成瀬さん、体温計とか、薬とかどこにありますか!?」
私が尋ねると、彼は苦しそうに顔をゆがめながら言った。
「……ない」
「え?」
やはり引っ越ししたてだろうか。荷物も運びこんでないとか? 一人暮らし始めたばっかりとか。なるほど、それなら頷ける。
仕方なしに、とりあえず水を少し飲ませると、私はマンションから飛び出して一目散に走りだした。目指したのは薬局ではなく、自分のアパートだった。
今まで気づかなかったが成瀬さんのマンションとうちは近い。私の家には薬や食べ物など常備してある。食材もあるので、薬を飲む前に何か少しでも胃に入れるものも用意できる。そう思い、自分のアパートを目指すことにしたのだ。
自室に駆け込み、とりあえず袋に必要と思われるものを放り入れた。解熱剤、風邪薬、体温計に冷えピタ。ゼリーにポカリ、それから冷蔵庫から適当な野菜を放り込んで短時間で雑炊を作り、タッパーに小分けした。ほんの数十分でそれを行うと、私は再び成瀬さんの家に走った。
息を乱しつつマンションに戻ってみると、今だ成瀬さんは真っ赤な顔をしてベッドで死にかけている。持ってきた体温計を突っ込んでみると、なんと四十度あり、こりゃ相当辛いと眉をひそめた。
「成瀬さん! ポカリ、ポカリ飲みましょう!」
それでも私の声は届いているようだった。支えると彼は体を起こしちゃんと水分を取った。このタイミングを逃してたまるかと、その口に作ってきた食事も放り込んでみた。数口何とか飲めたので解熱剤も投入。そのままベッドに横になると、成瀬さんは唸りながら寝入った。
無事眠り込んだのを確認し、ふうと息を吐く。目まぐるしい展開だった、あの成瀬さんを看病する日がくるなんて思ってもみなかった。普段あれだけしっかりしてる人でも、やっぱり四十度の熱出すと別人みたいになるんだなあ。
とりあえず持ってきた食料は冷蔵庫に入れさせてもらおう、と思い、リビングへ入らせてもらう。改めて見ても、引っ越ししたてのリビングは本当に寂しい。私も一人暮らしして初めはこうだったのにな。
水しかない冷蔵庫に飲み物など詰め込む。よし、あとはメモでも残しておいて、鍵かけてポストに入れておけばいいか。あ、一応解熱剤飲んだばかりだし、少しは熱が下がるか見てから帰宅しようかな。
そう思いながら冷蔵庫の扉を閉め、周りをちらりと見た。勝手に入った手前、ソファに座るのはなんとなく気後れするなあ。私は適当に床に座らせてもらい、ほっと息をつく。
そこではた、と気が付くのだ。
……いつのまにか、大和のことすっかり忘れてた。
今日一日頭から離れなくて、あんな大きなミスをやらかしたというのに、元カレのことは完全に脳内から排除されていた。それだけ必死だったのだ。
でもその事実は、どこか自分の胸を楽にしてくれた。そっか、忘れてたか。なら大丈夫だ、きっとこれからもっと忘れられる。早く忘れるのが一番なんだ、あんな浮気男。
私は確かに、好きだったけど。
膝を抱えてそこに顔を埋めた。でもよりにもよって私の後輩と浮気なんて、許せるはずない。ショックで悔しくて怒りで狂いそうだけど、いつまでも引きずっててもしょうがないんだ。
「忘れてたぞ、ざまーみろ」
誰に言うわけでもなく、私はそう言って一人微笑んだ。同時に、少しだけ泣けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます