第6羽

「パンがもうなくなるぞ。食料がなくなっちまったら野垂れ死に一直線だ。もっぺん万引きチャレンジしてこいよ」

 鳩の囁きが悪魔のそれのように聞こえ始め、少々うんざりしてきた頃だった。

「パンあげたんだから、お返しくらいしてよ」

 あれから、鳩の指示で山を目指して歩き続けていた。

 鳩はパンを全部食べきれないので、ちぎって与えたあとの残りをいつも食べてやり過ごした。

 そうやって、大事に大事にパンを食べていると、だんだんパンが乾いてパサパサになった。それがまた、なんとも言えない美味しさだった。空腹も手伝ったのだろうと思うが、パサパサの硬いパンがとても気に入った。

 パサパサの硬いパンは、いつもの柔らかいパンと違った顔を私に見せた。噛みごたえがあるだけでなく、なんだかいつもより味が濃く感じたし、噛みごたえがあるおかげかいつも以上に満腹になれた。同じパンなのに乾くだけでこんなにも違うのかと感動すら覚える。

 自分の大好物を新しく見つけれてとても新鮮な気分になれた。

 好きなパンの状態を知れて嬉しい反面、しんどいことはもちろんあった。鳩は私がもらったパンをねだってばかりでなにもくれないのだった。あまりの不公平さに文句を言わずにいられなかった。

「なに? お前、鳩にたかるつもりかよ」

 鳩の言葉に対してなにも言えなくなってしまった。

 確かに動物にたかるなんて、どうにかしている。

「……ごめん」

 不服だが謝った。非常に不服だが。

 案の定鳩は偉そうに鳩胸を突き出した。

「俺が言うのもなんだが、今のは謝るところじゃないぞ」

 ちょっとうんざりしそうだ。腹が立つ。

「まあ気を取り直して行ってきなよ」

 渋々もう一度万引きチャレンジすることになったが、今回もやはり店員や客から注目を浴びた。

 外って本当に怖いな。

 諦めて外へ出るといつものあれだった。鳩のお小言だ。

 正直なところうんざりしたので、鳩と言い合いになった。

 自分の思ったことを口に出すことがほとんどなかったので新鮮な気持ちだった。

 溜め込んでいた気持ちも一緒に吐き出していっているかのように、心のもやがちょっとずつ晴れていくのを感じる。

 鳩も言われっぱなしじゃ黙っておらず、ああ言えばこう言うの応酬はヒートアップしていった。

 そうすると、晴れたと思ったもやが心の中にまた立ち込めてくるのだった。

 

 鳩と終わらぬ口論を続けていると、一羽の白いニホンノウサギがひょっこり顔をだし、こちらへピョンピョンと近寄ってきた。

「お二人さん、どうしたんだい?」

 少し気さくな話し方の雄兎だ。

 鳩も私も兎に自分たちの考えと今までのことを洗いざらい吐き出した。


「ははーん。なるほどなー。どっちも悪いってこったねえ」

 私と鳩は顔を見合わせたあと、兎へ一緒に視線を向けた。

「鳩さんや。お前さんはこの人に何をしてやったんだい? そそのかして、たかって、そのままじゃあないか?」

 鳩は兎に向けていた視線を逸らし、クルルと声を上げた。

「そんで、人間さんや。あんたは不平不満を覚えてもちっとも口に出してないだろう? なんで我慢しちまってんのさ。本音を吐いちまいなよ。言ってくれねえと何もわかりゃしねえのさ。否定されたって構うもんかい。あんたのその気持ちが嘘になるわけじゃあないんだからよ。相手の話を聞くのも大事だが、本当にそうなのかしっかり自問自答して答えをバシッと叩きつけてやんなよ。相手はあんたの気持ちがきっと知りてえんだよ」

 兎はそういうと後ろ足で耳をかいた。

 鳩と同じように視線を逸らしたくなったが、たしかに何も言われないとわからないと反省し、少し唸った。

「ま、細けえこたあ気にしねえでさ。お互い我慢しないで、今みたいに言い合っちまいな。普段からな。なんか楽しそうだし、まめだんごってやつ食ってみたいし、おいらも一緒にいってもいいかい?」

 兎は耳をぴょこんと立て、愛嬌いっぱいにお願いしてきた。可愛い。

「私は大歓迎だよ。可愛いし最高だね」

「おっ! いいぞ、その調子で本音いってこうな!」

 兎は上機嫌だ。可愛い。

「じゃあお前は俺の子分だぞ」

 鳩はいつものように偉そうな口調だ。鳩胸を突き出す様子は見飽きたほどだ。

 兎はケッと言って鳩の背後に回って腰を振りだした。

「生意気なやつはこうだぞ。兎は年中発情してんだからな」

 見ていた私は思わず目を剥いてしまった。なにやってんだ。

 鳩はハトハトハトと羽ばたいて距離を置いて罵詈雑言をぶつけだした。

「やめろ! 汚らわしい獣め! 淫獣!」

 言われた兎はケロっとしているどころか、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「たまにはそういうお仕置きもいるってもんさ」

 私は思わず笑ってしまった。

「別にそういうタイプのお仕置きじゃなくっても良かったんじゃないの?」

 兎と鳩はこちらに視線を寄越して少し感心した様子だった。

「いいねえ、その調子で思ったこと言っていこうや。まあ、こういうお仕置きしかおいらにはできないし、他の発想はなかったってわけよ」

 兎は今知りあったばかりだと思えないくらい嬉しそうに、それでいて楽しそうにそう言ってくれるのだった。


 兎が加わったことでバランスが良くなったように感じる。

 鳩はそそのかしはするが、新しいことに挑戦する提案をしてくれているのに変わりなかった。もちろん万引きは何度も挑戦させられた。私は悩み、万引きに挑戦し、失敗する手前で挫折し、思ったことを口にしないでいたが、兎は思ったことを口にできるよう優しくサポートしてくれた。別に万引きにこだわる必要なんてないんじゃないかと。

 鳩が使い走りにしてこようとすればそれを諌め、私が黙っていると口に出すように促す、なんとも優しい縁の下の力持ち。


 いつもの感謝を胸に抱いていると、ふと兎には溜め込んでしまっていることはないのかが無性に気になるのだった。

「兎さんは私や鳩を優しく支えてくれているけれど、何か兎さんにも困ったことってないの? 私みたいに思ったこと口にしてないなんてことないだろうけど、そういう、なにか悩み事みたいなこと」

 上手く聞けていないし、聞けないことは目に見えていたが、聞かないでいることなんてできなかった。

 兎はうーんと唸りつつ耳をピクピク上下に動かした。

「ないな! おいらは腰振ってりゃ忘れちまうからな」

 思わず笑ってしまう。なんかこの兎好きだなと思う自分にも気づくことができて、とても良い出会いができたと幸せな気分になるのだった。

「まー、強いて言うなら我々が食料危機ってくらいだな」

 本当に解決せねばならない、命に関わる問題だった。

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