第7羽
「しっかし、鳩さんよ。なんで万引きさせたがってるんだい? あのなりじゃ出来ねえに決まってんだろう」
人間に盗みに行かせている間の出来事だ。
兎は鳩の真意が気になって、つい聞いてしまった。
「そりゃー……気づかせるため?」
「言ってあげりゃいいじゃねえか。ストレートによお」
兎はため息をつき、鳩は首を傾げた。
「言うだけで自覚できるのか?ああいうのって」
兎はうーんと唸ってから鳩に向き直った。
「言わないで黙って失敗させようとしてるのはなんか違うと思うぞ。まずちゃんと伝えてあげるべきだ。そもそも、そろそろ気付いててもおかしくないだろう」
鳩は目を閉じ、首を短くして考え込んだ。
「うーん……。じゃあ万引きまた失敗したら言ってやるか」
またできなかった。自分の意気地なしにうんざりしそうだ。しかし、どうしてこうも人から注目を浴びるのだろうか。
思い悩みながらコンビニを後にすると、草陰から鳩と兎が見守ってくれていたことに気付いた。なんだかちょっと心が温かくなるが、申し訳ない気持ちも込み上げてきてサッと冷えてくる。
「ごめんね、なんかまた見られちゃっててダメだった」
鳩と兎は顔を見合わせ、鳩が咳払いの代わりのようにクルッポと鳴いた。
「実はお前に今までずっと黙っていたことがある」
二羽と私の間に緊張が走る。いったいなにを黙っていたのだろうか。
固唾をのみながら鳩の言葉を待っていると、鳩が顔を逸らした。それを見ていた兎はやれやれと首を左右に振った。
「まったく。おいらが言っちまうぞお?」
鳩はその場でバタバタと羽ばたき、兎が話してしまうことに対して態度で難色を示した。
「俺が話す。連れ出した責任ってのがあるからな」
一体何の話だろう? そもそも連れ出した立場にあるのはどちらかというと私だと思うのだけど……。何を聞かされるんだろう?
二羽が深刻そうに話し合うのを聞いていて不安が込み上げてくる。
「お前……頭白くなってるぞ」
意味が理解できず、頭の中が真っ白だと言われたのかと思い、ゆっくりと考えを巡らせていると兎が鳩に耳打ちをした。
「あー……なるほどな? 頭の中が真っ白なんじゃなくてな、その……」
兎はやれやれと言った様子だ。
鳩は兎に助けを求めているかのようにひょこひょこと首を向け、くりくりと頭を動かしている。
兎と鳩が目配せをし、同時に私の頭の上へ前足と羽を向けてきた。
「え? 頭って髪のこと?」
「そうだ」
二羽は声をそろえて返事をした。
毛先は黒いので、視界に入っている自分の髪は黒そのものだが……。
「まじで?」
「まじだ。信じられないならもっぺんコンビニ行ってトイレでもなんでもいってきな。万引きさせてりゃトイレにでも行くかと思ってたんだがな。このへんの公衆トイレときたら鏡がねえんだもんな。つっかえねー」
鳩がいつものような口の悪さでまくし立てているが、今は腹を立てている場合ではない。
「えっいつから? いつから知ってたの?」
動揺を抑えきれないで鳩に詰め寄ると、少しバツの悪そうな顔をして答えてくれた。
「会った時は黒かったぜ。だんだん根本から白いのが生えてきてて、俺と兎とおんなじ白い生き物なんだなって気付いたわけよ。お前の親が俺を掴んで連れてった日、あれって実はお前を黒染めする日だったんじゃねえの? お前の頭、だいぶ白くなってきてたからな。出ちゃいけねえって洗脳じみた言いつけも、家に鏡がねえのも、お前が白いって気づかせねえためだったんじゃねえかなあ。なにも隠す必要なかったと思うわけだがよ。そうやって閉じ込めて気づかせないようにして守ってるつもりだったんだろうな」
鳩が一息ついている間も、心臓がバクバクいっているのを抑えられない。本当にどうして秘密にされていたのか。
黒染めされていた心当たりはたしかにある。外だと人に髪を切ってもらい、頭を洗ってもらうという話を毎回聞かされながら、言われたとおりに椅子に座ってなにもかもされるがままだったあれがそうなのだろう。
「俺がお前さんに話してた昔話さ、白いと大変だのなんだの言ってたのは実はそういうことだったんだ。お前さんには自覚がなかったみてえで他人事みたいに聞いてたから、あっ知らねえんだこいつってなったのが昨日のことのようだ。万引きにこだわったのも、そのへんに自分の姿が映って気づけるかと思ったんだがなあ。お前さん、周りの視線ばっか見てて映り込んだ自分の姿に全然関心なかったろう?」
外だけでなく中身も真っ白になりそうだった。空腹も手伝い、少しだけふらふらしてくる。その様子を見ていたのか、兎が和ませるかのように鳩へツッコミをいれた。
「おいらが思うに、鳩さんは気づかせるためじゃなくって、最初から言ってたようにうめえもん食いたかったって感じがするがなあ。どっちかってっとそっちが本音に違いねえぜ。今言ってたのなんて、とってつけた理由だろうさ!」
鳩はテヘっと言った感じで羽を頭にかざす。
文字通り頭が真っ白になりつつあるわけだが、久々に、こいつ一発殴らねえと気がすまんという気持ちがふつふつと湧いた。しかし、ただ腹立たしいわけではなく、悪くない気分、懐かしいような、ちょっぴり楽しいような……血湧き肉躍るは少し違うか。
ちょっと驚いちゃったけれど、一人じゃない。同じ仲間が傍にいてくれた。
「ま、実は白い生き物でしたってなっても、おいらたちも白色だし、今更気にすることねえさ! 生き辛さは実感してくるとは思うし、今はショック受けてるんだろうけど、まずは文字通り鏡と向き合うところからいこうや。ちょっとずつな!」
兎の言葉にじんわりと涙が出そうになったが、この兎なかなか現実主義な一面もあった。
「んじゃまあ、万引きがほぼ不可能だってわかったかんな。畑でも荒らしにいくっきゃねえな。落ち込ませてる暇なくて悪いねえ。飢え死んだらそこでおしまいってわけだから許してくれよな」
万引きの次は畑か。結局盗み以外道はないのか。
肩を落としそうになっていると、一匹の白い蛇が草陰から顔を出した。
二羽は反射的に後ずさりしたが、私は綺麗な蛇に釘付けだった。
「白い蛇って可愛くて神秘的で綺麗だなあ」
目を輝かせながら見ていると、鳩は翼をバタつかせて大慌てだ。
「おいおい、悠長なこといってる暇じゃねえぞ! 俺も兎も食われちまうかも! 下手すりゃ人間だって死ぬぞ!」
鳩は蛇から逃げようと必死で羽ばたいていたが、意外なことに私たちを置いていくことはしないらしい。
兎は私の後ろに隠れて固まっている。小刻みに震えてしまっているのが伝わってくる。
蛇は舌をチロチロ出してから口を開いた。
「食べたりしないわよ、失礼ね。あんたたちが盗み以外の発想を持ってないようだから助言をしようと思っただけよ。ねえ、そこの人間さん、あたしと宗教で一発儲けない?」
固まっていた兎がぴょこんと私と蛇の間に割ってはいる。
「ダメだ! それなら盗みの腕を磨かせた方がずっと良い! 宗教はろくでもねえぞ!」
今までのことから兎への信頼は厚いので、宗教だけはやめとこうと思う反面、話だけでも聞いてみたい衝動に駆られる。
「とりあえず聞いてみるだけ……ダメかな?」
兎はちょっと考え込む仕草を見せてから頷いた。優しい。
「聞くだけならな?」
様子をうかがっていた蛇は神妙な面持ちで話し始めた。
「白い生き物の中でも、アルビノと言われる色素のない生き物は信仰の対象になりやすいのよ。命を狙われることだってあるわ。でもこの国では乱暴されないはずだから安心なさい。でね、自分は神の使いであるかのようにそれっぽい雰囲気出しておけばご飯と住む場所に困らないのよ! ご飯と! 住む場所に! 困らないの!」
最後の方は目を輝かせながら話していて、ちょっと可愛いと思わされた。大事なことだから二度言ったんだろうなとも思わされる。
聞いていて、ふと思い出すことがあった。パンをくれた中年女性のことだ。祈るようなあれはそういうことだったのだろう。
女性の行動と、口走っていた意味とに気がついてしまうと、身震いしてしまった。ひとりでいた時だったし、非常に危ないところだったのだ。思い出すとあのときの感覚が蘇ってきてしまったので、みぞおちをそっとさすった。
「最後の手段として頭の隅にいれとくね。話を聞かせてくれてありがとう」
蛇はちょっと嬉しそうな顔をし、その場を去っていった。
その後ろ姿を見ながら、兎に助言されたように宗教だけは絶対にやめとこうと心に強く誓うのだった。
蛇が去ってから二羽とも落ち着いてきたが、私はというと気分が沈んでいた。
兎がこちらを見上げている。
「ま、宗教なんぞやるより、畑で物盗むほうがいいぞ。なあに、山にたどり着くまでの間だけさ! 山についたらきっと食い物に困らねえからさ。おいらも鳩さんの話に出る山どんなとこか見たことも行ったこともねえけど、きっと楽しくて良い場所だって希望を持ってんだ。楽しみだよ。なあ? 鳩さんや」
兎が明るく話しかけてくれたおかげで気分が軽くなる。鳩は鳩胸を突き出して得意そうだ。
「そうだね! たどり着くまでの間必要最低限だけもらっちゃおうかなあ」
ちくりと罪悪感が胸を刺す痛みを感じる。しかし、このままでは死ぬかもしれないのでなりふりかまっていられないのだった。
「畑で盗るならいっぺんでもいいからコンビニの万引きやってみてくれよお」
鳩の言葉に舌を出して拒否すると、羽音を立てながら肩にとまってきて頭を小突かれた。
「なにすんのさ! そんなにやりたいなら自分でやれ!」
「おうおう! 手本ってもんみせてやろうじゃねえか! お前にはわけてやんねえけどな! 自動ドアだけ開ける手伝いしろ!」
「ドア開けてあげるからちょっとだけ分け前寄越しな! 今まで上げたパンの分も返せ!」
「おっ! いいぞ! その調子だ! おいらも一枚噛ませてくれよ」
鳩と仲良く喧嘩していると、兎が楽しく盛り上げてくれてお祭り気分になるのだった。
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