第5羽
万引きというのは大変だった。
コンビニに入ったはいいが、入った瞬間から店員も客も私の方をじーっと見ているのだ。
もしかすると、挙動不審だったから入った瞬間からばれてしまったのだろうかなどと考えつつ、結局なにも盗れずに引き返した。
「おうおう、遅かったじゃねえか。収穫はどうだ?」
鳩はちょっと嬉しそうにしながら聞いてきたが、黙って俯いている私を見てため息をついた。
「その様子だとなにも盗ってこれなかったようだな。盛大に失敗してこいって言っただろう」
黙って頷くと、鳩はケラケラ大笑いした。
「まーったく。お前ってなーんにもできねえんだな」
少しむっとしながら顔をあげると、鳩が笑うのをやめた。
「みんながずっとこっち見てて、バレてるみたいだったよ」
すると、鳩はまた大声で笑い始めた。なにがおかしいんだ。
「そらそうだろうさ! その身なりじゃ目立つだろう。わかっちゃいたが、自分で気づかなかったってのか? 視線に気づかず失敗してりゃーよかったものを」
自分の身なりを気にしたことなんてなかった。なんせ鏡が家になかったからだ。
首を傾げていると、鳩はハトハトハトと羽音を立てて飛び立った。怪我はもういいのだろうか。
「俺はちょっくらパンくず恵んでもらってくるわ。お前は適当になんか自分で見繕ってこい。ああ、言い忘れてたが怪我はもうだいぶいいぞ。飛べたからな。まめだんご一緒にとりいこうな」
調子のいいことだけ言って、どこかへ飛んでいってしまった。
自分で見繕えって言われてもなあ。
途方に暮れていると、優しそうな中年くらいの女性が遠くからこちらをじっと見ていることに気づいた。
「どうかしましたか?」
声をかけると、少し躊躇った様子を見せた後、こちらへ素早く駆け寄ってきた。
「これ、良かったらお食べ。ああ、神様のお導きだわ」
未開封のスティックパンをこちらへ押し付けたかと思えば、目の前で跪いて祈りを捧げるような姿勢をとった。
どことなく怖くてたまらない。怖いのに体が動かない。いや、怖いからこそ動かないのかもしれない。
女性は満足したのか、立ち上がるとキラキラした笑顔を見せ、一礼して立ち去っていった。
女性のくれたパンの袋を開け、一本だけ取り出し頬張った。
美味しい。
美味しいけれど、なんだかちょっぴり怖かった。みぞおちの辺りからせり上がってくるような不快感がある。
しばらくして鳩が戻り、パンをくれた女性の話をすると、ほんの少しうーんと考え込み、私をみて口を開いた。
「お前からなにか感じ取ったんじゃねえのか?」
思い当たる節がない。
考え込んでいると、鳩がパンの袋をつっついてきた。
「なあ、俺にもくれ!」
パンくず恵んでもらってきたんじゃないのか? なんか癪に触るなあ。
心の中で文句を言いつつ、パンを一本取り出し、ちょっとずつちぎって鳩にあげると大喜びでついばんだ。
「まめだんごが一番なのは当然だが、豆やとうもろこしなんぞよりやっぱりパンだ! パンはうめえぞ!」
開いた口が塞がらなかった。
「そういうこともっと早く言いなよ」
嫌な気持ちを顔に出して文句を言うと、鳩はケッと言っていつもの調子だ。
「聞かれなかったから言わなかったんだぞ。知りたくなったら聞いてこい。口を開け」
鳩の言う通りだった。
心の中で鳩の言葉を反芻していると、鳩は満足そうにしながらこんな言葉を言い放った。
「もういらね。残りは食ってくれ」
鳩が食べたのはスティックパンの、人差し指の第一関節ほどだった。なんだか良いこと言われたのに台無しだ。
大事に食べようと思ってたのになあ。
中途半端に手に取った物を袋に戻すのは躊躇われたので食べきることにした。
顔に出ていたらしく、鳩はちょっと笑いながらからかってきた。
「怒ったな? なんか言ってみなー」
なんだか少し腹が立ったのでそっぽ向いてパンを頬張った。さすがに口を利く気になれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます