第三章 神話伝承③


 ***


 その夜も森のなかで野宿となり、幸白は物語を語ってくれた。今度は、月から来て月に帰るひめの話だった。紗月は、今回の話は前の話より面白おもしろいと感じた。

 森をけたらもう、樫の国だった。それから半日かけて、農村にたどり着く。幸白が一時的に身をかくせるような村かどうかを確認かくにんするため、紗月が先行して様子をさぐることにした。

 村の入り口で待っているように幸白に言いつけてから、紗月は村のなかを歩いた。

 平穏へいおんそうな農村だった。村を行きう人々の表情は明るく、服装も粗末そまつではない。比較的ひかくてき裕福ゆうふくな農村なのだろう。

 幸白は「白い子」だ。樫の国では瑞兆ずいちょうとされる存在だが、そのために売ろうとするやからがいるかもしれない。

 本来は善良な人々が、貧しさゆえにおにに変わってしまうことはめずらしくない。

 そのため、紗月はこの村が豊かそうなことを確認して安堵あんどした。ここで待機してもらって、問題ないだろう。

 紗月は村の入り口に戻って、市女いちめがさを深くかぶり直していた幸白に、「ここは安全そうだ。行こう」と促した。

 紗月と幸白は並んで歩いていく。

 市女笠をかぶっている男性が珍しいからか、すれちがうひとが好奇こうきの目を向けてくる。

 みょうな立て札が目に入り、ふたりは足を止めた。

双子ふたごだからと差別することなかれ 子を捨てるべからず 樫の国・国主』という立て札に紗月は首を傾げる。

「そういえば、樫の国では双子が不吉ふきつなんだって聞いたよ」

 幸白がため息をついたところで、紗月は「そういえば」と思い出す。自分が生まれ育った村にも、似たような札が立ててあった気がする。

 村で双子が生まれた話は聞かなかったはずだが――。記憶が曖昧あいまいなので、自信がなかった。

 突如とつじょ、通りかかった老夫婦の妻のほうがたずねてきた。

「お二方、よそから来たの?」と問われて、紗月が「そうだ」と答える。

 夫妻は幸白の顔をのぞき込んで容姿をまじまじと見て、「白い子だ。ありがたや」と拝んできた。

「すみません。このおれは、いつごろ出されたものですか?」

 幸白は苦笑くしょうしながら、尋ねていた。

「あのお触れが出始めたのは、十四・五年ぐらい前のことですよ。樫の国では、双子が凶兆きょうちょうとされるので、双子が生まれると裕福な家でも、どちらかを養子に出したり捨てたり間引きしたり……ということをする者が多かったそうなんです」

 とうとうと、老女は語った。

「樫の国で双子が不吉とされるのは、『双子が生まれると家が滅びる』という迷信めいしんがあるからなんですよね。おそらく樫の国では過去に双子が後継者こうけいしゃ争いをして滅びにつながった家がいくつもあったせいではないか、と私は思っておるのですよ」

 夫のほうが推理を披露ひろうして、紗月は納得なっとくしてうなずいた。一理ある。

「実は、陽菜ひな姫は元々双子だったのではないか……という、うわさがあるんですよ」

 妻のほうが、声をひそめて教えてくれた。

「とある村が落ち武者のせいで滅びたとき、樫の国の国主様が直々にけつけたそうです。そして、子どもをさがしていたとか。その後も、国主様は女の子を捜し続けているそうです」

「今も――? その……陽菜姫が生まれてすぐ、あのお触れが出されたんですよね?」

「ええ、そうです。あのお触れと国主様が女の子を捜していたことを結びつけ、国民は『国主様は双子で生まれたむすめのひとりを手放し、世間の風潮が変わったらまた引き取るつもりだったが、その娘が育てられていた先で行方ゆくえ不明になったのでは』、とうわさしているんです」

 その話を聞き、幸白は考え込むようにうつむいていた。

 彼自身が梓では凶兆とされる存在なので、双子のあつかいに思うところがあるのかもしれない、と紗月はひっそり考える。

「お触れが出て、何か変わったんですか?」

 幸白が問うと、妻のほうは首を横に振った。

「根付いた風習は、そうそう変わりません」

「でも、国主様がお触れを出したことで、双子に生まれた子でもそのまま育てることにした貴族も現れた、とかで。全く効果がないわけではありません。このまま、迷信がうすれるといいですね」

 夫のほうが希望論も交えて、言いえた。

「あの――僕らは兄弟で旅をしているのですが、用事があって弟が一人で行かないといけないところがあるんです。しばらく、僕をめてくれそうな家はありませんか」

 突然とつぜん、幸白が尋ねると、老夫婦は「それなら、うちに来てください」と声をそろえて言ってくれた。

 不審ふしんに思って幸白を振り向いたが、彼はうっすらと微笑ほほえんで紗月にささやいた。

「会話を聞いていて、理知的でよさそうなひとたちだと思ったからね。この規模の農村なら、旅籠はたごもないだろうし。村長や長者の家だと目立ってしまう」

「それもそうだな」

 旅籠がない村では、村で立派な家を持つ村長や長者の家が客人を泊める役割を持つ。しかし、そういうところはどうしても人の出入りが多いので、幸白のことはあっという間にうわさになってしまうだろう。幸白は死んだふりをして、身を隠しているのだ。目立つのは、できるだけけたい。

 幸白の素早すばやい判断に舌を巻きながら、紗月は老夫婦のあとをついていった。


 かくして幸白は老夫婦の家でしばらく滞在たいざいすることになり、紗月はすぐにつことにした。

 玄関げんかんから出てしばらく行ったところまで、幸白は紗月についてきた。

「……もう、見送りはいいぞ」

 紗月が気まずくなって振り返ると、幸白は勾玉まがたまを取り出した。

「信じているけど、必ずもどってきてね。僕も、約束を守るから」

 裏切るな、と言いたかったのだろう。紗月は歯がみした。もう、あの時点で覚悟かくごをしたというのに。

 だが、一度殺そうとしてきた相手を全面的に信じるのは難しいのだろう。

「わかってるよ。それより、幸白。よく聞け」

「うん?」

「私が情報を持って無事に戻ってこられる確率は、正直――五分五分だ。反対につかまる可能性がある。もし私が七日ってもここに戻ってこなかったら、あんたは梓の城に帰れ。そこで、父親に協力してもらって身をひそめたまま、依頼いらい人をき止めろ。樫の城には、絶対に行くな。落花流水が動くから。――わかったな?」

「……了解りょうかい

「それと、私が戻ってこなかったら――その勾玉は、大切にしてくれ。売ったりせずに。約束してくれ」

 切々とうったえると、幸白は力強くうなずいた。

「約束するよ。でも、そんな気弱なこと言わないで。必ず、戻ってきて。君のためにも」

 幸白にかたをつかまれて言い聞かされ、勇気がいてくるのを覚える。

「ああ。戻ってくる」

「うん。気をつけてね。さっきは、またおどすようなことを言って、ごめん。その、どうしても……」

「いいさ。あんたの立場上、そうせざるを得ないってのは、よくわかるから」

 紗月が微笑んでみせると、幸白はホッとしたように息をついていた。

「無事に戻ってこられるように、いのってるから」

「ああ。じゃあな」

 そうして紗月は、幸白に背を向けて駆け出した。

(失敗したくないな……)

 幸白には五分五分と言ったものの、実際は成功する可能性はもっと低いだろう。

 虚空が遠くに仕事に出ているのが、唯一ゆいいつの希望だった。

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君を守るは月花の刃 白き花婿 青川志帆/角川ビーンズ文庫 @beans

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