第二章 暗殺決行①
たまに町に寄って
高貴なひとの花婿行列だというのに、野宿が基本なのは不思議である。
なぜかは、初めて町に入ってわかった。町の者は、
旅籠の主人も、
(白い子への
そんなことを考えながら、
食料を
夕食は、大広間でみんなで取った。保存食でない食事が久しぶりだったこともあり、つい紗月はがっつきそうになり、
この旅籠には温泉があるらしい。見つからないよう、真夜中にでも入るかと思案していると、武士のひとりが「
「
「お、俺を? なぜ、俺なんだ」
「知るか。さっさと来い」
「やあ。来てくれたね」
幸白は酒の
「は、はあ。なんの
「
「……どうして、俺なんでしょうか」
「少し、聞きたいことがあってね。まあまあ、座って」
紗月は仕方なく、幸白の近くに正座した。
紗月を連れてきた武士は立ち去り、控えていた武士のひとりが紗月に盃を
「ありがとうございます。あの……聞きたいことって?」
「うん――君、僕の舞を見たとき、途中でどこかに行ったよね。あれがなぜか、知りたくてさ。見苦しかった?」
「まさか! あの……反対です。俺は、あんまり舞とかそういうの、見たことがなくて。感激して、泣いてしまいそうだったんです。あの場で泣いたら、みんな驚くだろうし、舞を
「そうだったのか。それほど感激してくれたなんて、照れくさいけどね」
幸い、紗月のこぼした涙には気づかれていなかったらしい。
「結果的に、不快に思わせてしまったのなら、ごめんなさい」
「いいよ。気にしないで。むしろ光栄だよ」
幸白は
「実はさ、君は年も近いから気になっていたんだよね。
そんなことを言われて、紗月は断れるはずもなく「俺でよければ」と頭を下げた。
「逆に何か、聞きたいこととかない?」
幸白に問われて、紗月は少しためらったあと、口を開いた。
「じゃあ、ひとつ。幸白様は、
その問いに、控えていた武士が
幸白が察したように手をあげ、「いいんだ」と武士に告げると、彼は不満そうにしながらも紗月から目をそらした。
(しまった。
「……正直ね、怖いよ。でも、僕は兄をひとり
幸白の語りを聞いて、紗月は心を打たれた。
彼は、自分が人柱に等しいことを知っている。それでも、行くと決めているのだ。
(国主の息子なんか、民のことを考えたりしないと思っていた)
自分の考えは、
紗月は、そっと清酒を口に
幸白の部屋を辞したあと、紗月は護衛たちの部屋に帰った。みんなもう
紗月は荷物を整理しながら、服に
この刀で、幸白を殺す指示が出ている。幸白が「樫の国」に殺されたと思わせたい
(自分は
と自分に言い聞かせる。
それまで、紗月は深く考えていなかった。若君を殺すなんて上等だとすら思っていた。
しかし幸白は自分を見下したりしない、国のために犠牲になるのもいとわない、
(どうして、あのひとは
武士が怒りそうになったときも、幸白は止めてくれた。旅籠の主人や町人の、
(……怒らない、のではなくて、怒れない?)
幸白が人一倍気をつけていることは、なんとなくわかった。それは、恐れから来るものではないだろうか。
紗月は、今まで「身分の高い人々」をひとくくりにして
それに、幸白は覚悟を決めている。和平のために、身を差し出す覚悟を。
その覚悟を
(考えるな。相手は標的だ。――必ず、殺す)
紗月の迷いとは裏腹に、花婿行列は進んでいく。
「お前、幸白様に気に入られているな」
「……そうかな」
出発した日以外は、幸白は地味な色の着物を着ていた。あくまで、あれは
「どうしてだろうな」
紗月がつぶやくと、新太は笑っていた。
「さあなあ。多分、年が近いから親近感を覚えるんじゃねえかな。――しっかし、国主の息子だし白い子だしっていうんで、正直敬遠してたところもあるんだが……予想以上に、優しいひとだったな」
しみじみと新太が言ったので、紗月は軽くうなずく。
幸白は、紗月の話を聞きたがった。どこで剣を習ったのかとか、どういうものに興味があるのか、とか。
落花流水を
「本当に、いいひとだよなあ、幸白様は。もっと
新太のつぶやきに、紗月は深くうなずく。
そう、幸白はいいひとだ。身分の
このままでは情が移って、殺せなくなりそうだ。虚空が選んでくれた、初仕事なのに。しかもこれは、最後の試験のようなものだ。
失敗して
――甘さがお前の足を引っ張っている。
虚空の言葉を思い出して、紗月はぎゅっと
ひとりめだから、ためらってしまうだけだろう。きっと、ひとり殺せば
(甘さは捨てる。悪いな、幸白。お前には死んでもらう)
心のなかで告げると、その言葉が届いたかのように幸白が振り向いた。
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