第一章 花婿行列②
***
任務を受けてすぐ紗月は落花流水を
紗月は難なく護衛
当日の正午、梓の城前に集合と言われたとおりに集まる。首都の外れにある練兵場で開かれた護衛試験で顔を合わせた者が、何人かいた。
城の前で待機していると、城から武士が十人ほどやってくる。
彼らは馬に荷物を
紗月は、花婿行列に参加する男たちをざっと観察する。正規の武士が十人。護衛選抜をかいくぐった
(全員を殺すのは時間がかかるし、
野宿の夜に眠り薬を盛り、
出発してすぐは、皆が
そんなことを考えていると、城の門から
護衛たちがざわつき、ひそひそと声を交わし合う。何をうわさしているのだろう、と
白い羽織に、白い
彼は市女笠を少し上げて、行列の面々を
白い髪に、赤い目。優しそうで、整った面立ちだった。
(話には聞いていたが、初めて見た……あれが「白い子」か。きれいなもんだな)
主に女性が身に着ける市女笠を彼がかぶっているのは、日焼け防止だろう。白い子は、日の光に弱いという。
紗月が思わず見とれていると、彼はこちらに気づいて微笑んだ。
思わずドキッとしてしまい、紗月はぎこちなく笑みを返す。
彼は、なぜか紗月に近づいてきた。
「はじめまして。君は、護衛選抜で選ばれた護衛かな」
「あ、はい。そうです。佐野宗次と申します」
「知っていると思うけど、僕は梓神幸白。道中、よろしくね。君はずいぶん、若いね。いくつ?」
「十五です」
紗月以外は、全員二十以上の男だった。幸白が「若い」と思うのも当然だろう。
「僕より一つ下か。選抜結果が書かれた紙を見たよ。君は、三位だったね。その年で、すごいね」
(私は、このひとを殺すのだから)
初めての任務で殺す標的。それ以外の何ものでもない。そう、自分に言い聞かせるべきだろう。
虚空の言うとおり、ひとりめ――彼を殺せば、紗月も様変わりするのだろうか。
紗月はそんなことを考えながら、「それほどでも」と
それに、試験では少し手を
その後、幸白は紗月以外にも、ひとりひとりに声をかけて回っていた。
(若君だってのに、
感心しながらも、紗月はさりげなく幸白から距離を取った。標的と仲良くなるのは、得策ではない。あまり話さないほうがいいだろう。
武士たちが幸白の周りを固め、それ以外の護衛は前方と後方に振り分けられた。
護衛試験で身分証明もしているが、民間から集めた護衛はあくまで武士より
紗月は後方組になった。
幸白だけが白い馬にまたがり、あとの者は徒歩だ。他の馬には、荷物が載せられている。
城のなかで別れを
一行は町には出ずに
幸白が振り返って、目が合う。どこか、こちらを
「君、ここに来て」
招かれて、紗月は「まずい」と思いながらも、早足で幸白に追いついた。
「君は梓の育ちだよね?」
「はい」
ここでうろたえると、もっとまずいことになる。紗月は冷静に返事をした。
「なら、白い子が
「……はい」
「だから、僕の花婿行列は町には入らないんだ。
「いや、知ってはいましたけど……その、国主の
紗月が言い訳めいた説明をすると、幸白は
「そうだといいけどね。でも、危険性のほうが大きい。
「そうですね。すみません、出過ぎたことを言ってしまい」
「別にいいよ。君はきっと、悪意というものを知らずに育ってきたんだね」
幸白は意味深なことをつぶやいてから、「元の位置に
紗月が後方に戻ると、
「なんて気の
「……悪かった」
紗月が謝ると、男は「幸白様に謝っとけ」と鼻を鳴らしていた。
そのまま、花婿行列はひそやかに進んでいく。
ふと、「古代では、白が死の色だった」と書物で読んだことを思い出す。
紗月は、この花婿行列が、幸白の死をもって
そして、その「死」をもたらすのは
落花流水には、暗殺失敗とわかった時点で服毒自殺しなければならない、という
(
旅は、順調に進んでいった。
紗月が
落花流水の幹部は、みんな偉そうだった。見習い時代、幹部の食事のときに
初めて
地位のある人間とはそういうものだという思い込みがあったので、紗月にとって幸白の態度は驚きを通り
(あいつが、特別なんだろうか?)
国主の息子に会ったのは初めてなので、彼が例外なのかそうでもないのかは、判断がつかなかった。
護衛衆は、みんな最初はどこか
紗月はもちろん、幸白とはなるべく話さないようにしていた。
旅立って三日目。野宿の夜、夕食を終えたところで、酒が入って気の大きくなった護衛の男が「幸白様、
幸白は
音楽は武士のひとりが担当することになり、笛を
幸白は打刀を抜いて、音楽に合わせて
優美でしなやかなのに、どこか
(……きれいだな)
落花流水に入ってから、きれいなものなんて見てこなかった。感動したことなんて、なかった。だからか、いつしか紗月の
紗月はハッとして、幸白の舞を見る護衛たちのそばから
(大丈夫なのか、私は)
虚空にきつく
(これは、涙がこぼれただけ。「泣く」とまでは、いかないよな?)
どこかにいる虚空に問いかける。虚空なら鼻で笑うだろうが、彼は幸いここにはいない。
大丈夫だ、と思うことにしておいた。体力を
それにしても、と紗月は背後を気にする。
涙を見られなかっただろうか。
いや、反対に幸白なら心配してくれるだろうか?
(相手は、標的だ。忘れるな。
自分に言い聞かせて、紗月は木の根元にうずくまった。
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