第27話 屋上にて

 「坂井柊くん。得意な忍術は操糸術。いかなる場所でも瞬時に罠を仕掛け、自分のテリトリーへと変え、一方的な戦いを演出する。その強さはたった一人で三十人の戦闘のエリート相手取り無力化してしまうほど」


 屋上に現れた僕にそう告げたその人は、そう言いながら真っ直ぐにこちらを見据え。


「君が影蜘蛛か」

「……忍野さん、君が」


 バレー部のエースアタッカーにして、和奏の友達になった人。


「実力を隠しているのか、それとも鈍っているのか。どちらにせよ今のあなたでは今日これから起きようとしていることを超えられないかな」


 明るい人当たりの良さは影を潜め、殺気を鎧のように着こんでいる。


「坂井くんから何も感じられない。名前を聞いていなければわからなかったくらいだよ」

「何が起きている」

「『忍連』がそそのかしたんだよ。『対忍課』を。あなたを狙って」

「は……?」

「僕を?」

「そう。想像できるでしょ、『対忍課』はろくな戦果をあげられないまま事態は膠着状態という形で終息した。そんな彼らがわかりやすい成果をあげたくなることくらい。あなたにこてんぱにされて終わってるんだよ、あの戦いは。勝敗を決定づける戦果をあげたあなたを倒し、汚名を返上したい。当然でしょ?」


 自分でも苦い顔しているのがわかった。要は僕は、手負いの敵の執念ってやつを計れていなかったということなのだ。想定が甘いというものだ。


「つまりは僕は今から『忍連』と『対忍課』を相手にすることになるのか?」

「えぇ。いやぁ、お間抜けさんだね、どっちも」

「どっちも?」

「そ、また良いように戦わされてるんだもん、『忍連』の連中に」

「また……」

「考えている通り、あなたが伝説を残したあの戦いだって、今回と同じ、『忍会』が危険だって唆されたお国が仕掛けた戦いなんだよ」


 と、なんてことの無い様子で忍野さんは言った。


「君は、何者なんだ」

「協力者。だよ。この忍野姓は私のご先祖様が『忍会』の人に助けられた時、協力者になることを約束した結果、賜ったもの。君も良いように使ってよ。私の家は『忍会』に末代まで仕えることを約束しているんだから。カツサンドでも買ってこようか?」


 と、あっけらかんとした様子でそう言う。


「そのことに疑問を覚えたことは? 先祖が助けられたとか知らん、とか」

「無いと言えば嘘になるけど、そういうもんだとも考えてるし。まぁ広く考えれば、先祖の命無ければ私は生まれてないし、程度には思ってる」

「そう……じゃあさ」

「なに?」

「和奏のこと頼むよ。これからも」

「任せなよ。あの子のこと、結構好きだし。私。ファンだったんだよね」

「ならまぁ、信用するよ」

「うん。あ、ちなみに私、戦闘はほとんどできないから。物を投げるのが上手いくらいだよ」


 物を、投げる。

 確かに、あの紙、僕の意識の外から飛んできた。 

 あのクナイだって、殺気むき出しなんて素人丸出しなことをされなければ、気づかなかっただろう。


「あの時の襲撃は、じゃあ」

「うん。君の実力試し。あの程度避けられなかったら私は別で動くつもりだった。敵はまだ動いていない。ブランクがある割に坂井くん、随分と対処のために動くのが早かった。だからまぁ、協力要請に応える気になった。それだけのこと。よろしくね。影蜘蛛さん」


 普段よりもどこか落ち着いた表情を覗かせ、そして。


「じゃあ何かあったら合図出すから速攻で駆けつけてね?」

「あぁ、文化祭は壊させない」


 全力をもって爆発物を抑える。『忍連』と『対忍課』に対抗する。


「私が言うのもなんだけど、文化祭に対してそこまで思い入れあるの? 一年生の時の君はそこまで熱くなる印象無いんだけど」

「和奏のライブがある」

「なるほど。それは確かに、十分だね」

 

 

 

 捜査自体は振り出しだが、味方を得るという進展があった。この成果自体は大きいと見て良いはずだ。


「これが忍野の家が独自に調べたもの、ねぇ」


 これが『忍』に恩があり、協力者としての道を選んだ家系が持てる調査力か。すげぇな。

 これだけの情報があれば連中の狙いは確かに僕だと断定できる。僕の母でもここまで掴んでいるのかどうか。それこそ『忍連』に潜入でもして、いない、限りは……。


「……まさかな」


 『忍連』に潜入など、『忍会』に所属するベテランの『忍』でも難しいだろう。その逆もまた然りだ。

 じゃあ仮に。どちらからも安全に情報を入手できる立場なら? 

 和奏の居場所は……この時間だとステージ準備するために更衣室に向かうはずだ。

 近道だ。人混みを避けるために文化祭を行っている北校舎ではなく、南校舎を通り渡り廊下へつながる階段を駆けあがる。しかしすぐに自分の足音と重なる音が耳に届く。

 獰猛な獣のような気配が迫ってくるのに気づく。


「こんな時に!」

「ここでお前を捕らえる!」


 空を切り裂き、避けた先の階段の手すりを盛大にへこませた拳。


「おいおい、一般様の来場日は明日ですよ。今日は招待客以外は入れない筈だ」

 対忍課の男はヒラヒラと招待チケットを振って見せる。

 やはりいるんだ、学校内に『忍連』が。


「御影葛城、だったか」


 名前を知られていると思わなかったのか、男は少し動揺したようで、しかしすぐに拳を前に構え戦闘態勢を見せる。


「『忍連』に利用されているとも知らずに」


 どこまで信用して良いかわからないが、僕たち『忍会』を潰し、その成果と共に自分たちを売り込み、『忍連』を現代に残る『忍』の総本山とする。それが奴らの狙いなのはあの調査の通りだろう。


「お前たちの言葉なんかに聞く耳は持たん!」

「基本に忠実だな」


 言葉をも利用する幻術使いに対抗するには、その言葉を一切シャットアウトするのは確かに有効だ。思考を奪い、選択肢を絞り、行動を縛る幻術の基本原理はコミュニケーションだ。耳を貸さなければ術は発動しにくくなる。

ベテランともなればその対策すら利用して術に嵌めるが。僕にそんな技術は無い。


「でも、甘い」


 御影の動きが止まる。四肢をあちこちから伸びる『糸』に拘束されたのだ。そうやすやすと動けるわけがない。動ける、わけが……。


「おいおい」 


 しかし、聞こえる、ミシミシと、何かがきしむ音、

 縛っているのは糸だが、繋いだ先はこの建物の柱、つまり重石はこの建物そのもの、建物が縛ってるとも言って良いんだぞ。糸だって力ずくで引きちぎれるようなものではない。大の大人五人が全体重かけて引っ張っても千切れる気配すら見えなかったものだ。

 なのに目の前の男は、今にも動き出しそうなのだ。


「うおおおおお!」

「くそっ」


 慌てて猿轡を口に突っ込む。こんなところで騒がれて人が集まってきたらまずい。

 歯を食いしばり、なおも拘束から逃れようとする御影。ダメだ。逃れられるはずが無い、わかっていてもそれでも、なぜ僕は冷や汗をかいて怯えている。なんなんだこいつの執念は。こいつの何が『忍』を追い詰めようと獰猛に牙を剝かせるんだ。

 その目は何だ。瞳の奥に覗くその冷たい炎のようなものは何なんだ。

 鳩尾に拳を叩き込む。さらに足を振り上げて脇腹を抉るように蹴り込む。鍛え抜かれた巌のような筋肉は鎧のようで、効いているという手ごたえをまったく感じさせない。だが、効いていないわけがない。筋肉は頑丈でも、内側に衝撃は走る。それは間違いなくダメージとして積み重なる。

 衝撃を内側に通す技術くらい、習得しているのだ。


「くっ、そ、がぁああああ!」


 もう一発。顎を撃ち抜く。

 悶絶し、苦し気に息を吐く御影は、ようやく膝をついた。それでもこちらを見る目に固い意志の光を感じて、とどめに首の横を撃ち意識を奪う。まだ焦っている。

 なぜ僕は今、必要以上に痛めつけた。最初からこうやって気絶させれば良かった。いつものようにできなかった。

 でも直感していた、あの瞳の光を掻き消さなければ……徹底的に心を折らなければと本能で感じていたと。

 こいつは絶対に、ここで折らなければ脅威になると感じていた。


「はぁ」


 急げ、反省会は後だ。

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