第20話 二人の放課後
「すげー腹いっぱい」
「意外と少食だねぇ育ちざかりな男子高校生」
「あんま食い過ぎないようにしてるだけだ」
連れてこられたのはスタミナが付きそうな豚丼を出しているお店だった。ニンニクとショウガがしっかりと効いていて、生卵も乗せるから非常に力が付きそうではある。
「あーわかる。私もだよ。いっぱい食べるけどお腹いっぱいにならないようにはしてるんだ」
「へ、へぇ……」
……その腹がまだ満タンじゃないだと……いやそれは。
「えー!」
と口をあんぐり開けている和奏にも言えることだが。僕たちと同じものに加えて唐揚げまで完食し満足そうにお腹を撫でている。
「お腹いっぱいに食べたの私だけ?」
「良いんじゃないか。主義の問題だ」
「そそ、別に合わせることないよ。いっぱい食べる神惠さん見てて可愛いなぁって思ったし」
「む、むぅ……」
「じゃ、私は行くよ。また学校でね」
「あぁ」
「部活頑張ってね」
走っていく忍野の背中が学校前に繋がる角に消えるまで見送って。
「さて、衣装探しだな」
「お―!」
「イメージとかあるのか?」
「んー……ビビっときたやつ。テレビとか出てた頃は用意されたもの着ていただけだし、自分で選んだことないんだよねぇ」
昼下がりの駅前は朝よりも広く感じられた。時間の流れがどこかゆっくりで、賑わいはどこか遠い。
「どこから見る?」
「んー」
明るくホップなデザインのお店でショートケーキで布を作ったようなデザインの服を身にまとったり。別の店では情熱的な赤い動きやすそうなドレスを試して。
「んーしっくりこない」
と腕を組んでいた。
「なんか違うんだよ……」
「何が違うんだよ」
「いやー似合ってはいるんだよね」
「そうだな。流石和奏だ」
「そう、流石私。でもなんか違う……求めてる感じじゃない」
この辺りの違いは僕にはわからない。そもそも和奏がどんな格好を選ぼうときっとステージの上では何よりも眩しくきらめく。でも和奏が悩むのもわかる。和奏にとって活動休止して初めてのステージで……。あれ、そういえば。
駅ビルの一階の喫茶店。そのテラス席にて。アイス抹茶ラテをストローで吸い上げ、和奏はぐでっと机に突っ伏す。
「なぁ和奏」
「ん?」
「ずっと聞きたいと思っていたことがある」
僕はスマホを差し出す。和奏の新しいチャンネルが表示されている。
「これ……なぁ、和奏。何があったんだ?」
活動休止しているけれど動画サイトでの活動を続けるという選択はあり得るだろうけど、だからと言って別のチャンネルを作る理由はあるだろうか。
「教えてくれ」
「……そこまでバレてたか……ゲームしよう柊くん」
「は?」
「私の活動休止の理由、当ててみてよ」
「え、えぇ……なんで」
「んー……話したくない、から。だから当ててみてよ」
「ノーヒントで?」
「……確かに、フェアじゃない、か。じゃあ質問は五回まで」
質問五回でもきついけどなぁ……一瞬無理矢理白状させるか頭を過ぎるが、僕が和奏にそんなことをするなんてありえなかった。
よって和奏のルールに則ることにする。
考える。手元にある材料。今まで使っていた動画チャンネルではなく、新しい動画チャンネルでわざわざ活動する理由。そしてそのことを直接的に触れるような内容はファンの間ではご法度。だけどどこにもニュースになっていない。母親に聞けば何かしら情報は手に入るだろうが、僕はそれをしなかった。
推測できるのは所謂チャンネルの有料メンバーのみが見られる配信で事情を話したということか。公で触れられる内容ではないのだろう。
だからと言って人の口に門は建てられるものではない。どこかで漏れていなければおかしい。ファンのマナーが良いを通り越し過ぎているというものだ。
「一応確認するが、和奏は質問に正直に答えるんだよな」
「うん。ただし、『はい』か『いいえ』で答えられるものに限ります」
「わかった。じゃあ質問1。活動休止の理由は受験のためか」
「いいえ」
だよな。何をわかりきったことを聞いているんだ。でもごちゃごちゃ変な方向に邪推した結果、結局なんてことない理由でしたって可能性もあったからな。
「質問2。この動画チャンネルは和奏の意思で始めた」
「はい」
「質問3。この動画チャンネルは事務所の意向に反している」
「……はい」
顔を伏せた和奏はボソッとした声で答える。正解に……和奏が触れられたくないところに近づいた実感が手に突き刺さった。
「質問4。何らかの理由で事務所との折り合いが悪くなった」
「正解。ほぼ答えだ。これ以上を当てろと言うのは、あまりにも酷だね。……まぁ私が子どもなだけなんだけどさ。ちっぽけな子どもの抵抗なんだよ」
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