第18話 テストと文化祭
まもなくテスト期間が始まる。
いつもなら別に大して焦ったりはしない。そもそも父と母の修行の方針として一般素養が無い人間が潜入などできるかということで小学生の頃から勉学も厳しく叩き込まれていた。
だけど今回は少しだけ事情が違った。
「むぅー」
「何を悩むそんなに」
「いやー、大変だねぇ」
そう言いながら大城は椅子に座ったままポーンポーンとリフティングして遊んでいる。
「お前もやれ。お前今回、赤点じゃなくても平均下回った教科三つあったら呼ばれるんだろ」
「そうなんだよねぇ。やれやれ」
って感じで、放課後の教室。二人の勉強を見ることになった。
うちの学校は十二科目中三つ赤点があったら夏休みに補習に呼ばれる形式だ。しかしながら大城は普段の遅刻や授業態度から平均を下回ったらという条件を学年主任と顧問から言い渡されたらしい。
同情はしないが、かといって放っておくのも寝覚めが悪い。大城がサッカーに対しては真剣なのは知っているから。だから和奏のついでに勉強を見ることにした。
しかしながら。手元に置いた二人の小テストに目を落とす。
和奏は基礎だな、問題は。大城は今まで赤点だけは回避してきたところを見るに基礎だけは本当にできている。ただ最低限で良いやという考えがあるからか応用となるとその基礎の使い方がわからなくなるようだ。
「うーむ」
しかしだからと言ってな。ペンを持つどころか教科書を開く気配すらない大城。
別に補習でも良いや、という雰囲気にも見えるが。一応。
「大城、平均超えるからには後半の大問いくつか取れないときついぞ」
「わかってるけどなぁ……勉強するとボールの蹴り方忘れそうで」
「勉強しながら足元でぽんぽんとリフティングできているなら身体に染みついているだろうが」
「でも怖いじゃん?」
「んー」
気持ちはわからなくはない。僕だって身体に染みついた技術である「操糸術」の使い方が急に不安になることがある。呼吸の仕方を急に忘れたような気分になる。
意識せずになんとなくでやっていたことだから、急に「あれ、これってどうやってやっていたっけ」となることがあるのだ。
そして意識的にやってみるとどこか覚束なくて、でも次の日になるとやり方が自分の中に戻ってきている。
まぁだからと言って。
「補習受けたいのか?」
「めんどう」
「今時間を使うか後で時間を使うかの違いだ。消費する時間が放課後と休日か夏休みになるかの違いだけどな」
「んー……なるほど……確かに、一日練習に使えるチャンスを逃すのはいただけないか」
そう言って大城はボールを蹴ることを止めると。
「わかったよ。説得されるよ」
そう言って大城はようやく参考書を開いた。
「サッカーやれればどうでも良いと思っているんだけど、現実はそうはいかないか」
「そりゃそうだ」
「んー……はぁ……」
「普段の生活ちゃんとやれば良いってだけだろ。寝坊するなよ。じゃなきゃ平均点下回ったら補習とは言われなかっただろうし」
「そうだねぇ。俺が招いた結果ではあるね」
「大城くんそんなに眠れない感じ?」
「体力使い果たしてから寝るようにしているから」
「へ?」
「練習して練習してもう無理の先に強くなるヒントがあるんだよね」
「す、ストイックだね」
「それが俺の生まれた理由だから。全うするんだ」
「生まれた理由……」
「そんな変な話じゃないよ。ただ俺は初めてサッカーボールを蹴った時、直感したんだよ。これだって。それからは夢中でボールを蹴る日々だよ」
大城はページを一つ捲って。
「俺が蹴るボールは俺の思い描いた通りに跳ねる。俺が蹴るボールは面白いくらいにゴールに吸い込まれる。そんな瞬間のために生きたいんだ」
和奏も思わずゴクッと息を飲むほどの迫力。そして。
「そっか……なら、なおさら、こんなところで躓いている暇はないね」
「……そうだね」
和奏の言葉に静かにうなずいた大城は。
「じゃあ坂井、ここ教えてよ」
「お、おう!」
「私もなんの憂いもなしで文化祭やるんだ!」
「ん? 文化祭で何かしたいの? 出し物はもう決まってるけど」
「え?」
「あぁ。和奏が転校してくる少し前に、縁日で決まったな」
「おー良いね。まぁ普通に文化祭楽しみたいだけだけど、まぁ特別なことしたい……でも無理にする必要無いのかな」
「ふーん。そういうことならさ、ステージ発表って……あー……坂井、うちのクラスの実行委員って誰だっけ」
首を傾げる大城。教室を見渡す。確か……。あ。
「えっと、忍野さん!」
「ん? どうしたのさ坂井くん」
活発そうな印象を与えるショートヘアを揺らし来てくれたのは忍野真姫さん。背も高く、女子バレー部のエースアタッカーとして活躍していると聞いたことがある。
僕に突然声をかけられても逃げようとせず普通に対応してくれる数少ない人だ。
「あ、神惠和奏です。えと、大城くん、ステージ発表って」
「あぁ、よくあるでしょ。体育館のステージで有志が発表する奴。そこでなんかやったらって」
「え? ライブするの? セトリはどうにかなるけど、衣装とか用意できるかな今から……」
「そこまでの規模じゃない」
……意外とステージで何かすること自体は満更じゃないのか。疑問を飲み込んで押野さんを見ると肩を竦めて。
「まぁ、一組十五分くらいだからね。神惠さんがやるってなると体育館溢れそうだけどさ」
「あはは。その自信はある。十五分なら三曲くらいかな」
「出るのか?」
「良い機会だし」
「良い機会?」
「こっちの話だよ……そうだね……」
和奏は何かを確信したように頷く。
「うん。やらせてください」
「あ、じゃあちょっと待ってて」
忍野さんが鞄から取り出したクリアファイル。その中から紙を一枚取り出し。
「はいこれ。これに名前と何をするかだけ書いてね」
「うん!」
「頑張ってね」
「ありがとう!……ふふっ」
和奏が嬉しそうなのはきっと、和奏が求めているクラスメイトとのやり取りに近いからだと思う。和奏を『WAKANA』と知りつつも対等に接してくれること。
なんとなくわかった。和奏は青春がしたいんだ。
「私も赤点回避しなくちゃ!」
「そうだな」
「がんばろー」
「ん? 神惠さん、テストヤバいの?」
「ヤバい……うん。ヤバい以外に言いようがないな」
「柊くん……いやその通りなんだけどもうちょっとこう、マシュマロに包んで欲しい」
「他になんて言えば良いんだ」
「伸びしろしかない!」
「おー」
「いや忍野さん。甘やかさないで良いぞ」
「あはは、見事だなーって思ってさ。ってか仲良いね三人。大城くんとは一回話してみたいなって思ってんだよね」
「ふーん。珍しい人もいるね」
話がまとまったのなら我関せずと教科書に目を落としていた大城が顔を上げる。
「いつもいつの間にかいなくて捕まらないか、坂井くんと楽しそうに話してるからね。関わる機会ができて光栄だよ」
「おかたいね」
「敬意を持ってるだけさ」
「君もすごいだろう。全校生徒の前で表彰されるとき大体君も一緒に賞状を渡されていたと思うぞ」
「ははっ、そうだね」
忍野さんのカラッとした対応に大城も少したじろいだ。大城としては冷たく接したつもりなのだろうが、邪気や畏れを感じさせない反応は予想外だったのだろう。
「バレーは足も使って良いのだろ」
「そうだね。サーブ以外は」
「今度やってみたいね」
「後期の体育にバレーがあったと思うよ」
「そうか。じゃあその時にでも」
とだけ言って大城は再び教科書に目を落とした。
忍野さんは肩を竦めて。
「邪魔したね」
「いや、呼んだのは僕だ」
「……坂井くん」
「ん?」
「君ともまたいずれ、ゆっくり話したいと思っている」
「? あぁ」
「ところで、神惠さんと大城くん、二人の勉強を一人で見るのは大変じゃないか? 良ければ神惠さんは私が見よう。これでも坂井くん、君に負けない程度には勉強はできているつもりだ」
「それは助かるが……本当に良いのか?」
「言っただろう、君に負けないくらいには勉強はできると」
「そうか……なら、どうする。和奏」
「んー、柊くんばかりにお願いするのも申し訳ないし。忍野さんが良いのなら」
「決まりだね。じゃあ、神惠さんこっちにおいで」
「うん!」
それから最終下校時刻の七時まできっちり勉強した。
大城はやはりやる気がある状態のときにやり方さえ教えれば勝手に覚えてくれる。
「和奏、どうだった?」
「すっごくわかりやすかったんだけど……容赦なかった。でも色々できるようになった……連絡先も、交換、できたよ……」
和奏はぐっと胸の前で手を握る。
和奏のやりたいことをするメンバーの中に、僕や大城がいるとすれば。
「和奏、文化祭でやるライブについてだが、どういう想定なんだ」
「んー……衣装が欲しい、かな」
「衣装か」
「うん。やっぱりステージに上がる時は特別な服を着て……武装しないと」
「武装って……」
「い、いや、柊くんみたいに色々武器を持つってわけじゃないよ」
「わかってるよそれは……じゃあテスト明け、一緒に見に行ってみるか」
「良いの?」
「一人で行かれても危ないからな」
「ふふっ、過保護だねぇ」
「当たり前だろ。また和奏に危ない奴がついたら……僕が嫌だ」
「そっか……お願いね、わたしのナイトさん」
「ナイトじゃない」
……でも、もう『忍』でもない。いや、元々正式な『忍』じゃなかった。なる前に『忍』はもう、この世界に存在しなくなった。そういうことになっているんだ。
身に着け磨き上げた技も、鍛えぬいた身体も、意味を持たない。
でも。
もしも。
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