第16話 休日のこと

 それから家で足りないものを色々買っていたら夕方と言って良い時間になっていた。


「母さんは今日泊っていくのか?」

「帰るわ。なんか尾行が追加されたみたいだし。引っ張って帰ってあげるわ」

「そうか」


 忍会幹部の一人の母さんが長距離を移動すれば確かに警戒もするか。サイドミラーを覗けば一定の距離を保って僕たちの後ろを走る車が三台確認された。

 家に着いて荷物を運びこんで。


「和奏、悪いがこれ、風呂場に」

「うん。って私のだから当然私が持っていくよ」


 お風呂関連の物が入った袋を和奏に押し付ける。和奏が脱衣場に入って行ったのを確認して。


「わざとか、母さんが情報収集しているところをあいつらに掴ませたの」

「当然じゃない。私が何かしら動けば、関連して柊への注目高められる。あなたはただでさえ対忍課から実力者として警戒されている。だから柊のところに人を寄こすでしょ。まぁ、あんな勘の鈍い新人を寄こすとは思っていなかったけど」


 和奏の新しい服のタグを取って畳みながら呆れたように溜息一つ。


「まぁ、和奏ちゃんは優秀ね。まさか私が提案しようとしていた作戦に先に辿り着くなんて」

「なぁ、母さん。疑問がある」

「何かしら?」

「……ただのアイドル好きがここまで早く住所を特定できるものなのか?」

「できるよー人はその気になれば瞳に映った情報から居場所を特定してくるんだから」

「……やってることがうちの諜報並なんだけど」

「うちの諜報舐めんな。って言いたいところだけど、そうね、ぶっちゃけた話をするなら、こればかりは正直ビビってる。なんたってほぼノーヒントの状態から特定までが早すぎるのよねぇ、一般人にしては」

「あぁ。正直異常だ」

「しかも今回に至っては和奏ちゃん、写真なんて一切出してない。あんたは相変わらずSNSに写真上げてるようだけど、そこに和奏ちゃんがいると特定できるような写真は上げてない」

「当たり前だ。気をつけてる」


 僕と母さんの間には既に同じ答えが出ている。でも同時に、『なぜ』が渦巻いている。


「和奏ちゃんの新しく始めた配信活動だって、ねぇ。全部見直したけど特定できる要素なんてなかった。正直、忍でも使わなきゃ無理よ」

「じゃあ……」

「そう間違いなく」 

「あいつらか……『忍連盟』」

「そうとしか考えられないわ。警戒しなさい、柊。あいつらが本気で私たちを潰しに来たら、あの時の比じゃないとんでもない戦いになるわ……潰しあいよ」


 しかし、なぜだ……。

 なぜあいつらが今更、僕たちを。

 



 日曜日、ふと身体を起こしてみてみれば和奏はせっせと掃除をしていた。


「そんな熱心にしなくても良いぞ」

「柊くんはそうでも私が気になるんだよねぇ」

「そういうもんか」


 ……まだ昼過ぎか。昼飯食べたのがもう何時間も前の出来事な気がしてたのに。最近忙しかった分、何もない休日は長く感じる。

 『忍連盟』が僕たちを狙っているかもしれない以上、あまり出歩きたくない。その上で『対忍課』に怪しまれる口実を与えないためにも学校にはいつも通りに行った方が良い。

 何もしてはいけないけど何もしないというのはダメと言われている気分だ。

 そもそも奴らが関わっているのなら、和奏を遠ざけたいところだ。

 今朝、和奏をストーカーしていた男に接触禁止命令が出たと連絡が来た。それでも無視する奴はいるからちゃんと僕が守れと。当然そのつもりだけど。

 和奏を遠ざけても、このまま近くにいてもらっても危ない。

 どうしたら良い……奴らは厄介だ。腕は立つ上に手段を選ばない。

 忍連盟は僕たち忍会から離脱した流派が結成した組織。

 主君に仕える影の者として生きる時代は終わり、これからは強き『忍』が裏から支配する時代だという主張を掲げ、政府の秘匿組織である忍会と何度も争ったらしい。


「ん?」


 なんで『忍連盟』の存在があるのに『忍会』を切ったんだ。


「……まさかな」


 でも一応。父さんと母さんに一応……。

 息を吐いて目を閉じてそして。そういえばとスマホを開いて動画アプリを起動する。目的は和奏の新しい動画チャンネル。

 配信もしてる。曲も一つ投稿されている。

 すっかり聞く機会を逃してしまったけど……知りたい。和奏に何があったのか。 

 そうだ。活動休止だってストーカーは関係ないと言っていた。なら、まだ何かあったはずなんだ、和奏には。


「ねぇ柊くん」

「ん?」

「おでかけしたい」

「急にどうした」

「暇。掃除終わっちゃったし。夕飯の仕込みするにもまだ早いし」

「おう……」


 どうする……いや、忍連盟のことはまだ和奏には話していない、確定情報じゃない以上、余計な不安を与えるべきではないのか。


「ねぇねぇ柊くん柊くん、お散歩で良いからさ? 行こっ!」


 ここで変に拒否するのは悪手な気がする。


「じゃあ行くか?」

「うん! 柊くん、どこか景色良いところ行きたい!」

「結構歩くことになるけど大丈夫か?」

「もっちろん! これでも体力はある方だよ」

「そうか」


 写真撮影のために出掛けることは結構あったけど、いつも一人だった。

 思えば、SNSに投稿するようになったのて、見つけた良い景色を、誰かにも見せたかったからだった。

 和奏が傍にいた時は良い写真が撮れたと思った時はすぐに見せていた。でも、それがもうできなくなったから。

 でも今、そのチャンスが巡ってきた。


「行ってみようか」 


 新しい一瞬を探しに。和奏と感じる一瞬を。そして和奏の一瞬を探しに。


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