第14話 変わったこと変わらないこと

 店内BGMが優雅な雰囲気を醸す。題名は知らないけどその旋律は何度も聞いたことがある。

 運ばれてくるコーヒーの香りに気づいて顔を上げる。

 女性店員さんがにこやかに並べたホットコーヒー二つとパンケーキ二皿。ふわふわのホイップクリームが雪のようだ。


「お~」


 目を輝かせる和奏。僕はスマホを構えて写真を一枚。


「ん?」


 映っているのはナイフとフォークを握りしめてパンケーキを見て子どものように笑う和奏。


「ちょっと~今キメ顔できなかったんだけど」

「いいよ。それで」

「えぇ……」

「ほら」


 撮れた写真を見せると和奏はちょっと唇を尖らせて。


「んー……子どもっぽい」

「和奏っぽいけどなぁ」

「私が子どもっぽいと!? これでも成長してるんだから」


 と、ドヤ~って顔で胸を張って見せる。


「あー……えー……まぁ確かにうん。成長はしてるさ」


 口を開けば何も考えずとも言葉が紡がれる。わかっているから、お互いの呼吸を、触れ方を。

 それでも時折、会わなかった時間の分だけの距離を感じる。

 小さい時は気にならなかったことが沢山あって。これもまたその一つだろう。

 僕は男で、和奏は女だ。わかり切っていたことで、一緒に暮らし始めてそれをさらに如実に感じる。柔らかくて、細くて、でも、時折強く存在感を感じさせるものがあって。


「そうだな……」

「ねぇ柊くん、どこを見てるの、そんな難しい顔してさ」

「あ?」

「あー、成長で変な連想したんでしょ!」

「わ、和奏が変に胸を張るからだろ」

「え? あー……それは……で、でも……お、大きくはなっても別にそんな、へ、平均よりそ、それなりに大きいくらいで」

「そこまでは聞いてないよ……いやまぁ悪かったよ。僕も変な方向で考えたのは事実だ」

「わ、私も……ちょっと過剰に反応しました」


 ペコペコと頭を下げ合って改めてパンケーキへ。

 分厚いな……その大きさを感じさせるように下から一枚、さらに照明が当たる角度でもう一枚。やはりちゃんと柔らかい光で照らされてないと美味しそうには撮れないな。


「よし、食べる」

「……女子高生よりも熱心に撮影するね、柊くん」


 そう言った和奏はマグカップを持ち上げる。手元を見れば半分ほど食べていた。


「まぁ……習慣だな」

「ふーん。雑誌記者さんもわたしの食レポ的な記事を書いた時そんな感じだったな」

「食レポ? 和奏が?」」

「うん。まぁ毎回ゲスト呼んでそのゲストが食べたいって希望したものを食べてその感想を記事にするって感じなんだけどね」

「へぇ」

「まぁその記事でなんか知らないけど食いしん坊って言われるようになったのは謎なんだけどさ……」

「んー……まぁ、良いんじゃないか?」


 目の前でモグモグと最後の一口を味わっている和奏。ごくっと飲み込んで少し唇を尖らせ。


「何が良いのさ」

「まぁ、和奏らしい」

「つーん」

「おいおい」

「いじわる~」

「えー」


 零れる笑み、そんな僕に少し頬を膨らませて。


「そんないじわるな柊くんの分はいっただき!」

「あ。やっぱ食いしん坊じゃん!」

「あっ……」


 一口分に切り分けていた僕の分のパンケーキをごくっと飲み込んで。


「むぅ……」

「食うか?」

「結構です」


 僕が差し出した皿をちらっと見ながらも和奏はプイっとそっぽ向いた。


「食いしん坊じゃないもん」

「いっぱい食べる和奏は好きだぞ」

「調子の良いことを……」


 残ってたパンケーキの半分をさらに半分に切ってどうぞと手で示すと。


「……甘やかさないでよ……もうっ、ありがと」


 ジトっとした目をこちらに向けながらも、ぱくっとパンケーキにかぶりついてモグモグと食べればすぐに目は蕩けていく。

 四分の一暗いすぐに食べ終わる。満足げにマグカップを傾ける和奏を眺めながらコーヒーを一口。明るい店内、夏の長い夕焼けはコーヒーに夜闇を落とさなかった。


「そういえば、和奏ってコーヒー飲めたっけ」

「飲めるようになったの」


 見せつけるようにカップを持ち上げて見せた。


「砂糖とミルクはいるんだけどね」

「美味しく飲めるのが一番だよ」

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