第13話 それでもありがとう。
男が学校近くのコンビニから学校へ向かった。授業が終わり生徒が下校を始める時間に合わせての行動。間違いない。
……仕掛けるならここだ。
影蜘蛛との接触の前に男を拘束、尋問する。
奴らが何か動き出すというのならその機先を制する。
政府が恐れているのは報復だ。
あらゆる弱みを盾に『忍会』が裏で実権を握る体制を作ること。それを防がねばならないと政府高官は度々強く述べている。
……いや。
結果的に今、社会の機能が、国民の生活が、安定して維持されているのならそれは平和と呼ぶべきだ。なら。
そうだ。俺のやるべきことを忘れるな。
車を降りた。次の角を曲がれば学校の正門に繋がる道だ。その路地裏に。
「むぐっ」
男を引きずり込みその鳩尾に拳をめり込ませる。手ごたえはあった。見立て通り鍛えられていない、柔らかく薄い。悶絶ししゃがみ込む男の肩を蹴り上げひっくり返し胸倉をつかんで立ち上がらせ塀に身体を押し付け関節を極めて拘束する。
「名前と所属、目的を言え」
「な、げほ、かはっ、なんだよ、おまえ」
……なんだこいつ。あっさりし過ぎている。
さっきの攻撃、防ぐ様子もダメージを軽減する動きも、受け身を取る様子もなく。……まさか本当に素人……。
顔に浮かぶ感情は怯え。涙すら溢れている、口の中からも赤い雫が零れて伝う。
「……何者だ、お前」
「あ、あん、あんたも、わ、『WAKANA』ちゃん目当てか……」
「あ?」
わかな……『WAKANA』? ……神惠和奏のことか……なぜ今その話が……。
「おい……なっ?」
その時だ、路地裏に差し込む光にきらめいて、『糸』が見えたのは。
「っ!」
すぐに銃を抜こうとするが。
「なっ!」
手が……。拘束していた男の腕と一緒に縛られている。
「貴様っ……こんな罠まで……」
捨て駒のつもりか……こんな捨て駒の使い方があるか……こうなればこいつを武器に……。
「さて、とりあえず話を……ん? 話を……ちっ」
微かに指が動く……見えた!
「足はもう引っかからん!」
「うわ、馬鹿力じゃん……なんで成人男性振り上げながら壁ジャンできんのさ……脳筋が」
「うおおおお!!!」
男を振り下ろす。空を斬り地面スレスレで止まる男。影蜘蛛の姿がない。
「とりあえず大人しくしなよ……その人のことはもう警察の仕事になっている」
「は……?」
その言葉は後ろから聞こえた。
「なんで気づかないかなぁ、そいつは和奏のストーカーだって」
「あ? ……!」
足が、動かない……。いつだ、いつ仕掛けた。それよりも。
「どういう意味だ。こいつはお前たちの……」
「はい、これ」
影蜘蛛が何か言っているが……負けたのか……。
手足が封じられた。そうか……俺は……また。また同じ、負け方を。
「くっ……」
いや、まだだ。手足がなくとも、まだ、歯が……!
「負けん気を見せるのは良いけど。見てよ」
「あ?」
影蜘蛛が見せてきたのは何枚かの写真、全て俺が今拘束している男だ。
「それがどうした……」
「上司にさ、今すぐ確認してみなよ」
影蜘蛛の手がズボンの右ポケットに入ったスマホに伸びる。身をよじって抵抗しようにも、自分で拘束した男が邪魔で動けない。
「はい、自分の口で話してよ」
「くっ」
今この場は、こいつに従うしかない。俺はもう、負けた。何もできないまま。
「課長……すいません」
『御影か。ちょうどよかった。お前が追っていた男だが、先ほど確認が取れた。その男は先月、神惠和奏に対するストーカー行為について相談を受けていた男だ』
「は?」
『お前が提出した写真が証拠になる。この一日お前はその男を監視していたのだろう、その行動を全て報告書にして提出せよ』
「あ……え?」
『偶然とはいえお手柄だ』
理解が……こいつは奴らの……。
『では、ご苦労だった。可能なら男の身柄は警察に引き渡せ』
「あ、了解」
電話が切れた……顔を上げると影蜘蛛がクナイを構えて一振り。
「じゃ、よろしく」
思考が状況に追いつくのに五秒もかかった。
つまり俺は……気絶して伸びている男を見下ろす。
「はぁ……くそっ」
俺は何をやっているんだ……。
「ただいま」
教室に戻ると和奏は自分の席で頬杖ついて窓の外、空を眺めていた。
僕が目の前に立つと、ゆっくりと顔を上げて。
「おー、大丈夫? お腹痛いの?」
「ちょっと寄り道してた」
「えー! ズルい!」
「何がだよ……」
和奏は抗議するように足でトントン床を叩く。
「私もやってみたい! 寄り道!」
「え……」
「やってみたいやってみたい!」
「そ、そうか。じゃあ、どこか、行ってみるか」
「うん! もう、ほんと遅かったよね」
「悪かったって」
鞄を持ち上げ歩き出す和奏の横に慌てて並ぶ。
「……ありがと」
小さく聞こえた言葉。首を傾げる。
「何が」
「わかってるよ……柊くん、頑張ってくれたんでしょ」
「……さぁな」
「秘密主義だなぁ」
「和奏が言うか」
「う、そのカウンターは痛い。刺さった。抜けない」
わざとらしく胸元を抑えて呻く和奏。
「何食いたい?」
「甘いもの! パンケーキ! パンケーキのホイップはたっぷり! 女の子の心の健康には甘いものが必須なんだよ」
「ふぅん」
どこかあったかなぁ、そういうの出してる店。
「駅前の方に行って探してみるか」
「わーい」
もう答えなんて言っているようなものだ。僕がトイレになんて行っていないと。
この状況で和奏と寄り道に向かう。そんな状況に僕が乗り気な時点で。だから。
「ありがとう、柊くん」
その言葉を僕は素直に受け取った。
「はいはい。さっさと行くぞ」
「素直に応えてよ」
「……まだどうなるかわからねぇからさ」
「そ。でも、それでも、ありがとうだよ」
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