第12話 輝きへの畏怖
昼休み、一階の廊下には人混みができる。
「これが、購買……!」
「そんなに目を輝かせるようなことか?」
なんて言う僕の声も聞こえて無いようでぴょんぴょんと人垣の向こうを見ようとしている。
「んー、買えそうにないね。どうする? 神惠さん。人混みが途切れるの待ってたら多分無くなってるけど」
なぜか昼休みを使っての学校案内についてきた大城がリフティングしながらそう聞くと。
「んー」
と腕組み悩み始める。……和奏、安易に腕を組まないでもらえるか。いや、僕が見なきゃ良いんだけどさ。
「はぁ。少し待てば列になるだろ。今がちょっと荒れてるだけで。それとも僕が適当に勝ってくるか?」
「あー、いけるの?」
「これくらいなら」
「じゃあ俺はカツサンド」
そう言って大城がポンと200円渡してくる。
「和奏は?」
「んー……突撃して良い?」
「ダメ」
「ケチ」
そう言いながら改めて購買の前の人混みを見て苦笑い。手を差し出せば「メロンパン」と言いながら200円渡してくる。
流石に突撃しても無理だとわかったのだろう。
さて。
「じゃ、行ってくる」
人の隙間から隙間を縫うように歩く。気配を消すと一口に言っても僕は完璧に気配を消すのは無理だと思う。動作を最小にして立てる音をゼロにして視線や注意を誘導してもも透明人間になるわけじゃない。そもそも動作をすれば空気が揺れる。それだけでもこちらの存在を察知できるだろう。
動かなければどうだとは言うが、人は自分の動きを完璧に止めることはできない。さらに人間というものは微細な電磁波を発しているらしい。それを無意識に察知することがあるとか。
とりあえず、間違いなく存在しているのだ。気配とは存在の証明。そこにいるという厳然たる事実が存在する限り、僅かながらでも気配というものは発してしまう。
まぁそれが今この状況にどう関係しているのかと言えば。気配を消せなくても小さくすることはできる。それを駆使して。あとは身体こなして。
「はい。買ってきた」
「流石だね、坂井」
「ありがとう柊くん」
パンを食べる場所として選んだのは中庭だ。芝生や花壇が並ぶそこに設けられたベンチの一つに座る。
僕の隣に和奏が座って、隣のベンチに大城が座って。
「あ、申し遅れました。大城拓真です。サッカー部です」
「神惠和奏です」
「よろしくね神惠さん。坂井の友達として仲良くさせてください」
「こちらこそ」
「ところでどういう関係? いつから仲良くなったの?」
「いつから……いつからか……」
和奏はふむと上を向き。
「いつからだっけ? わたしが転校してきてすぐ?」
記憶を探ってみる……出会った頃の記憶を。
「小学生の頃にはもう一緒に遊んでたな」
「懐かしいなぁ……」
「あぁ、幼馴染って奴?」
「そうそうそれそれ。それだ!」
思い出してみる。
和奏と出会ったのは小学五年生の頃だっただろうか。
春頃、新学期の始まりと共に転校してきた和奏と最初に仲良くなったのは僕だった。いや、その容姿と分け隔てなく明るい性格は特にクラスの男子には眩しく映り、その輝きに近づこうとする者は多かった。
でもそれは他の女子たちの反感を買うことになって。
それに、万人に愛されるからと言ってすべての人に愛されるわけじゃなくて。
たまたまだった。
囲んで殴る蹴るとかトイレで水かけとか、そんな直接的ないじめを……賢い子は証拠が残るようなこと、自分がやったとバレるような手段を取ることを嫌う。
だからたまたまだった。主犯格の取り巻きが手下のように使っている子が、和奏を階段から突き落とそうとしているのを見たのは。
あとから聞いた話だと、それが成功すれば今後はちゃんと友達として扱ってあげると言われたらしい。
足音に気づいたのか反射的に振り返った和奏、手を伸ばそうとする女の子、咄嗟に最近得意な術になっていた糸を操る術『操糸術』を展開した僕。
「大丈夫?」
「あ、え、あ……」
突然糸に固定され動けなくなったその子に和奏はきょとんと首を傾げ。それから。
「ん? あー……別に良いのに。思いっきり押しても……いや、違うか」
和奏は中空に手を伸ばして止まっている僕を見つけ。
「ほっといてもらっても。だね。じゃね」
そう言って何事もなかったかのように和奏は階段を降りていく。その日の放課後だった。
「君でしょ。あの子止めたの」
「……なんで」
「見えたもん。光に反射してさ……糸?」
あの時の僕はまだ未熟で振り返って思い出すと使いこなせているとはとても言えなかった。
だから少し迷った。忍術のことは秘密だから。でも。
「答える代わりに答えてよ」
「何を?」
「なんで突き落とされて良いなんて言ったんだ」
「あぁ……それが私の役回りだから、だよ。君が答える番だよ」
「意味わかんない。答えになってない。だから答えない」
「あはは、ズルいなぁ。君、名前は?」
「……坂井柊」
「うん。交換条件はそれで良いや。あはははは!」
それが、僕と和奏の最初の会話だった。それから僕は、和奏をいじめようとする奴を影ながら邪魔するのが学校での日常になって、それに気づいた和奏と過ごす時間は少しずつ増えていった。なんでかはわからない。けれどこの時の僕は和奏を放っておいてはいけないというのはわかっていた。
「おーい、坂井?」
「……ん?」
「急にぼーっとしてどうしたのさ」
「あ、あぁ、すまん」
「いやー、そっかそっか。幼馴染か」
大城はそう言ってカツサンドの最後の一つを口の中に押し込んで。
「柊にとって大切な人なんだろうなぁとは思ったけど。なるほどなるほど」
「た、たいせちゅっ!」
「なんで神惠さんがテンパる……」
「大切……か……」
なんかこうやって言葉にすると、しっくりくる。そうだなってなる。
そう、和奏は、大切なんだ。
「じゃあ、坂井。俺は行くよ。昼休みも練習したいんだ」
「あぁ、頑張れ」
ひらひらと手を振って大城は地面に転がしていたボールをポンと蹴り上げ頭に乗せて。「ごゆっくりー」なんて言って歩いていく。
「大城くんか……柊くんに友達がちゃんといるとはね」
「あぁ……あいつはすごいんだよ」
「そっか……どうせなら沢山楽しみたいな、高校生活」
「どんな風に?」
「んー。文化祭っていつ?」
「夏休み前だから来月の後半だな」
「楽しみだな……」
そっか。和奏、ストーカーとは別に、普通に高校生活を楽しもうとしていたのか。
……きっとちゃんと解決できる。そう信じて変装を解いた。なら僕は……。
「安心しろ和奏。ちゃんと楽しめるようにするから」
「柊くんも楽しむんだよ」
「へ?」
「柊くんがいない高校生活なんて、想定してないから」
「えぇ……」
「なんでそんな困り顔なのさ」
「あーいや……」
僕たちは使い捨て。任務に失敗しその結果どうなってもそれは仕方のないこと。先の未来に自分がいる想定なんてしない。
将来こんなことできたら良いなと考えはしても、具体的に考えたりしない。精々寝てる時に見る夢くらいにぼんやりしたもの。
「はぁ」
「あ……柊くん、ごめん。なんか気に障ったかな」
「あぁ、いや、悪い。僕の問題だ」
「んー……相談してよ」
「そうだね。本当にどうしようもなくなったら頼むよ」
「うん……それで良い……でも……本当に頼んで来なかったら、怒るからね」
「和奏が怒るのか……あんまり想像できないな」
「えー。プンプン言いながらペシペシするからね!」
「ははっ、全然怖くないな」
「なんですとー」
「……友達作りに行ってみたらどうだ?」
「あ……うーん……へへっ」
「和奏?」
「んー……そこらへんはさ、ゆっくりで良いかなと」
……そういえばそうか。和奏、人見知りなところあったな。人間関係は基本待ちの姿勢、話しかけられると普通に話せるが、自分から話しかけるのが苦手なタイプ。
「わかったよ。僕や大城から人間関係を広げるのは難しいだろうけどさ」
「そうみたいだね……」
でもまぁ、だからこそ「WAKANA」のネームバリューが輝くというもの。とりあえず一回は話してみたいって人は結構いるはずだろう。なるほどそこまで見越していたか。
これは結構簡単に友達出来るのでは。
そう思っていた。
けれど放課後になっても。
「んー?」
と和奏が首を傾げるのもわかる。結局話しかけてきたのは朝の女子二人だけ。それからクラスメイトは和奏を遠巻きに眺めるばかり。その視線に耐えきれなくなって僕と大城のところに来る。それを繰り返して一日を終えた。
「いやー、難儀してるね」
「そうだな」
「なんで……」
自分の机に突っ伏した和奏は力なくうなっている。その様子に苦笑いしながらリフティングを始める大城は。
「そりゃ、ねぇ。でもこれは俺たちに責任はあるかなぁ」
「あぁ……でもまぁ、一番の要因は」
「要因は?」
目元だけ上げて微かな声で聴き返してくる和奏に僕ははっきりと告げる。
「『WAKANA』という存在に遠慮してる」
「え? なんで?」
「ははっ、そりゃ自分よりすごいと分かっている存在相手には誰だって遠慮するものだよ。まぁ、逆にそこで遠慮とか緊張しない人が大物だったりするんだけどさ」
「え~」
「実際サッカーの試合でも俺に対して変に畏怖とか抱かずに十全なパフォーマンスできればもう少し食らいつけるのにって人は結構いたよ。その点全国大会は流石だったなぁ」
と大城はポーンと蹴り上げたボールを肩に乗せて見せる。
「まぁとりあえず、校舎の中だろうが構わず常にサッカーボールと戯れている俺と、一年生の時に暴力事件を起こしまくった坂井。あとは活動休止中の有名歌手が三人でつるんでたら誰も近づいてこないよね」
「和奏、今からでも僕たちとの関りを絶てば良い。簡単なことだ」
「そだね。その方が良いかな。今からなら間に合うよ。さーてそろそろ部活行こうかな」
「……何に間に合うの? なんでそんなこと言うの」
「え?」
「ん?」
何かを堪えるように肩を震わせ顔を上げた和奏は鋭く僕たちを睨むと。
「そんなの望んでいない。そんなことをして手に入れる楽しい学校生活なら、いらない!」
鋭く叫びそして。
「今ここから私は私がしたい高校生活、作って見せるよ、見ててよね」
あぁ、これが。
これが『WAKANA』か……。有無を言わせぬ迫力がそこにあった。きっと大都会の人混みに紛れても見つけられる、満天の星空にすら負けない。そんな輝き。
僕だけじゃない。大城も思わず息を飲まされた。
「一緒に楽しもうよ」
話は終わりだと、和奏は鞄を持ち上げ立ち上がった。
「帰ろっ。あ、大城くんは今から部活か。頑張ってね」
「あ。うん」
「柊くん、帰ろっ」
「あ、あぁ」
……そうだ、和奏の決めることを僕がなんで勝手に……。
「ごめん」
「柊くん?」
「出しゃばったなぁって」
「出しゃばった、って言うのかな。私は柊くんや大城くんが心配してくれたの、伝わったよ?」
「でも」
「ただ私が、伸ばされた手を払っただけなんだよ。柊くんたちの優しさを蹴っ飛ばしただけなんだよ。だからまぁ……気に病まないで欲しいな」
つぼみが綻ぶような笑み。
「今度こそ帰ろっ、柊くん。明日からがんばろー」
「あぁ」
でもその前に。
スマホが震えた。一回、二回、三回。そこで切れる。……危惧していた方の事態になったか。
まぁあの新人。ろくに調べずにその強すぎる正義感だけで突き進んでしまいそうな危うさはある。
「和奏。ちょっとトイレ」
「え、うん」
必要だろうか。正直、和奏をストーカーする奴なんてどうなっても……いや……これもまた和奏のためだ。
和奏が自分で提案した作戦のせいでストーカーが殺された。そんな事実は僕が許さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます