第11話 くしゃみしてしまいそうなお日様

 さて、和奏の作戦が思惑通りに行っているかはわからない。

 結局、和奏が僕がいつまでも納得しないのならと家を飛び出してしまい慌てて追いかける羽目になった。


「あははっ、柊くん! こっちだよー! ってもう追いついてる!?」

「逃げ切れると思うな。身体は鍛えてるんだよ」

「ふふん!」

「なぜ自慢気……」

「もう変装無しで外に出てるからね」

「……伊達眼鏡くらいつけろ」


 後ろからそっと眼鏡を付けさせる。


「ふーん。眼鏡好き?」

「別に?」


 わざとらしく人差し指でくいっと眼鏡の位置を直して。


「似合う?」

「似合うよ」

「素直だね、ありがと。……こんな時に言うのも難だけどさ」

「ん?」

「楽しいね……学校生活ももっと楽しみたいや……柊くんにも楽しんで欲しいんだよ」

「どうしたんだよ急に」


 僕は気がつけばスマホのカメラを起動していた。

 初夏の太陽は包むように照らしてくれる。温まっていく空気の香りが鼻孔をくすぐって。

「くちゅん」と間の抜けた音とシャッターの音が重なった。


「あ」

「あーっ! 今くしゃみしたとこ撮ったでしょ!」

「たまたまだ!」

「たまたまでも消して―!」


 あーくそっ、そんな状況じゃないのに。

 バカみたいな理由で追いかけっこしているこの時間が……。

 零れそうになる笑みを堪えながら学校まで走った。




 学校に着いた和奏はどうするのかと思えば。


「おっはよー!」


 といきなり元気よく教室に入って行った。手を伸ばすがもう遅い。教室には既に結構人が来ている。

 ぽかんと間の抜けた顔が並んで、沈黙が教室を駆け抜け返ってくる。


「あれ? 滑った?」


 当然だろう。昨日までの教室での和奏は背中を丸めて顔を隠すように俯いて。今の本性と対極の人間を演じていたのだから。


「まぁ良いや。ふんふんふーん」


 上機嫌に自分の席に座った和奏はきょろきょろと辺りを見渡して。


「あれ?」 


 と首を傾げる。自分の席に座って耳を澄ませば。『あれってWAKANA?』『活動休止してるあの?』『アイドルだっけ?』『歌手だよ歌手』『実物もめっちゃ可愛い』と声が聞こえる。

 ……ここは僕が下手にフォロー行かない方が良いな。余計に和奏が詮索されるようなことになる。僕と和奏が一緒に住んでいるという部分は隠さなければいけないだろう。

 というかなぜ急に擬態をやめたんだ。ストーカーを釣るくらいなら別に必要無いだろ。


「ねぇねぇ柊くん!」

「おわっ」


 思考を巡らせていたら和奏はいつの間に机の目の前でしゃがんでこちらを見上げていた。


「昼休み学校案内してよ!」

「なんでだよ」

「だって昨日探検できなかったし」

「僕がついて行ったら探検にならないだろ」

「まぁまぁ。一人で感動してもつまんないし」

「あぁ、そう」

「決まりだよっ」


 やれやれと肩を竦める。

 そして集まってきている視線に背中がむず痒くなる。どうしようか。


「食堂とか購買とかある?」

「あるよ」

「そっかー……楽しみだなぁ」


 そう言って和奏は天井を仰いだ。


「ふふっ……にひっ」


 屈託のない笑顔は本当に思わずこちらも頬が緩んでしまうようなものではあるが。今は。


「なぁ、和奏」

「ん?」

「僕とばかり話していて良いのか?」

「ん? なんで?」

「あーいや……」

「あ、あの」


 口ごもっていると横から話しかけてくる声。それに目を向けると。クラスメイトの女子が二人、和奏を見て目を輝かせていた。


「WAKANAさん、ですよね」

「うん。そうだよ。よろしくね」


 二人は声にならない声を上げてなんかぴょんぴょん跳ねてる。


「クラスメイトとして仲良くして欲しいな」

「「は、はい」」


 それから和奏がクラスメイトに声をかけられる時間が続いた。それらすべてににこやかに応えて満足げにうなずいて。


「よし、これから……これからだよ」

「何が?」

「楽しい学校生活」


 予鈴が鳴る。予鈴と一緒に入ってきた大城。


「どうした珍しい」

「んー。ちょっと楽しい予感がしてさ」

「あ?」

「何かが始まりそうじゃん。楽しいこと」


 そう言って大城は鞄から枕を取り出し机に置いて突っ伏する。

 ……そこまでして無理矢理学校きたのか。

 何か、か。僕も感じていた予感。事件じゃなくて本当に楽しいことなら良いんだけどな。




 

 御影葛城は車の中で足首を摩っていた。まだ縛られている気がする。昨日の夜、影蜘蛛・坂井柊に縛られ、うさぎ跳びで車に戻り、一時間かけて糸を切った。思い出しただけで舌打ちしそうになる。いや、電話中でなければしていただろう。


「はい。はい……では男に接触、尋問します。はい。はい、わかっています。もう同じような失態はしません。はい」

『気をつけろ。お前は新人としては優秀だが迂闊すぎるところがある』

「はい!」


 昨日、それは強く思い知らされた。だけど、政府直属の秘匿部隊、対忍連課に所属する者として……。選ばれた者として!

 影蜘蛛の噂は聞いていた。だが、まだ高校生の子ども相手に戦闘のプロの集団が一方的に無力化された。その事実を信じ切れていなかった。だが昨日、自分自身が簡単に手玉に取られた。思い出しただけで胸の内に重石を抱えているような気分になる。

 さて、状況だ。今朝からだ。影蜘蛛と神惠和奏の後をつける男が現れたのは。

 その男自体は影蜘蛛の自宅周辺や学校周辺で目撃することはあったが、はっきりと尾行する動きを見せたのは初めてだ。

 車の中から出ずにその様子を観察する。

 見るからに尾行慣れしていない動き、ほとんど鍛えられていない痩せ型の肉体。見るからに一般人だ。しかし油断はできない。変装の可能性はまず考えるべきだ。俺の存在に気づいてわざと隙を見せているとも考えねばならない。様子を見つつ油断せず接触を図るのだ。

 記録として写真を数枚撮る。自宅前で監視するように影蜘蛛の部屋を見上げる様子も記録されているのを確認して課長に送信し車を動かす。

 学校の前でうろちょろすれば不審者として声をかけられることは理解しているようで、男は学校に二人が入って行ったのを確認するとそのまま通り過ぎ、少し離れた商業施設の方に歩いていくようだ。

 尾行を続けると男が商業施設に入って行く。


「……何が目的だ」


 車を停めてショッピングセンターに入り探してみると。きょろきょろと何かを探しているようだった。……よし。


「何かお探しでしょうか、お客様」

「あ。あ、え、あ……」


 店員のフリをして話しかけると視線を泳がせる男。柔和な笑みを浮かべ姿勢を少しだけ低くする。


「わたくしでよければご案内しますが」


 そう恭しく頭を下げると男は。


「い、いや。大丈夫だから……じゃあ、俺は、これで」


 と、歩いていく。あの感じは演技なのかそれとも……。これだけじゃ確かめられないか。

 エレベーターの横、従業員くらいしか使わないであろう階段の方に行く男。

 自分から人気のないところに行くとは……。いや、この場合下手に接触しない方が良いか。

 誘いこまれている場合がある。思い出されるのは昨夜、影蜘蛛にしてやられたこと。隙と判断して接近したが誘いこまれ結果的に隙を晒していたのは自分だった。

 気がつけば罠は貼られているという教えは、聞いていた以上にその通りだった。

 奴が何らかの目的で影蜘蛛や神惠和奏を尾行しているのなら学校か影蜘蛛の自宅に戻るはず。ここで無理に追うことはない。


「昼飯でも食うか」


 こんな時でも腹は減る。

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