第10話 やるべきこと

 「どこ行ってたの?」


 リビングに入ると和奏はマグカップを手で包んで座っていた。


「ん? あぁ、和奏。起きてたのか」

「ちょっと胸騒ぎしてさ。で、どこ行ってたの?」

「ちょっと買い物」

「何も買って無いみたいだけど? こんな時間に買い物行くとしたら、欲しいものがあったからでしょ。夜食とか」


 ……その通りだな。


「……はぁ」

「柊くん、話したくないって時の顔してる」

「どんな顔だよ」

「曖昧に笑いながら目はそっぽ向いてるの。……何かあったんでしょ……良いじゃん、知らない仲じゃないんだし」

「まぁ……僕の監視の人にちょっと痛い目見てもらっただけ」

「そっか……柊くん、相変わらず強いんだね。よっ、30人殺し」

「殺してないから。縛り付けただけだから」

「そうだったね。ううん、覚えてる。私も一緒にいたから……」

「……和奏?」

「あの時の柊くんが怖くて、言い出せなくてさ。それに……柊くんのお母さんが、『柊に言ったら確実にそのストーカー殺しに行くから、言わないように』って……でも結局心配かけて…………改めて、ごめん」

「良い……むしろ、あの時巻き込んだことは、何回謝っても、足りない」

「それは良いんだよ」


 あの日の夜のことは、今でも思い出せる。

 何回でも、夢に見る。

 初めての修行ではない実戦だったからだけではない。


「良いんだよ……私が許せないのは、私……あの時と同じ……また、足を引っ張ってる」

「そんなことない……だって僕は……」


 和奏を守りたい。

 これだけはこれまでもこれからも変わらない。

 ……なら見えてくるだろ。やるべきこと。どうすべきか……。





 部屋で母親から送られてきたファイルを確認する。

 ストーカーの正体、経歴にこれといって特徴のない普通のアイドル好きで現在は和奏にお熱な普通の中年男性のようだ。和奏を付け回している時の様子も写真に収められていた。

 出所を自分たちとして説明したくないからこれを証拠としては出していないのか。

 和奏が引っ越した後も、ネット掲示板などで和奏の動向を探っている様子があったようだ。

 和奏は歌手ではあるがその容姿からやはり男性人気が凄まじいものであった。

 どうすればこいつを捕まえられる流れにできるか。


「うん……」


 奴は今、駅前のホテルに泊まっているらしい。ご苦労なことだ、いるかもわからない和奏を探すために随分と金をかける。こちらからアクションを起こすなら今だ。こっちにいるうちにどうにかしてしまいたい。 

 方法はいくらか浮かぶけど、どれもこれも和奏を囮にでもしなければ無理な奴だ。

 とにかく相手のアクション待ちになる。もどかしい。向こうが危害を加えにこなければ何もできないなんて。

 やはり暗殺。和奏のためなら。すぐに解決するためだ。あぁ。それが良い。

 殺してしまおう……大丈夫。僕なら首吊り自殺とかに見せかけられる。それに、僕に監視に付いていたやつは今頃車の中でぐっすりなはずだ。遅効性の睡眠薬を縛った時に針で刺した。

 うん。やれる。やろう。

 そう決めると心がスッと軽くなった気がした。

 これが正しい……ぬるま湯のような日々で忘れていた。世の中、裁かなければいけないやつが沢山いるんだって。いない方が良い人間なんていくらでもいるんだ。誰かがやらなければいけないんだ。

 危険な奴は消す。犯罪は未然に防ぐ。そのためなら……僕は……。

 クローゼットの奥底。そこには一つの木箱がある。

 ……和奏の安全のために。

 



 闇に紛れるための装束。武器は最低限短い刀が二本と隠し武器が少々。軽快に動けるように。そして底の柔らかい靴は足音を殺す。顔をしっかり隠せるよう目元だけ開けた頭巾を被り。常に持ち歩いている僕のメイン武器である糸をいつでも使えるようにして。


「……どこ行くの、柊くん」

「え?」


 窓を開くと後ろで部屋の扉が開いた。


「その格好……私のやり方、信用できないの? 余計なことはしないって約束は?」

「……迅速に解決できるなら……僕の言うことは、おかしいか?」

「おかしくない……正しいけど……いやだ……」

「……なんでだよ」

「私のせいで柊くんが手を汚すのなんて、いやだよ……」

「僕の手なんて……和奏!?」


 ギュッと伝わってくる熱、捕まえるように和奏は僕の身体に飛びつき抱きしめて。


「ねぇ、柊くん……お願い……」


 さっきも抱きしめられたのに、やはり驚きが勝る。……こんなにも柔らかくて、細くて、ちょっと乱暴にしただけで壊れてしまいそうで。

 蝶や花に触れる時よりも慎重に腕を回す。


「そんな慎重にしなくて良いよ。思いっきりギュっとしてよ」

「な。なんで……」

「落ち着かない? 柊くん、頭に血が上ってる」

「い、いや……でも……」

「良いから。はい、落ち着いて。ハグするとその日のストレスの三割が無くなるって聞いたことがあるんだ……三十秒だっけ? はい、もっとギューっ!」


 頭がぼーっとしてくる。顔が熱い。身体に上手く力が入らなくなっていく。のぼせたようなふわふわとした心地。


「柊くん……お願いだよ……殺しちゃダメ。……グスッ……私のためを思うなら、手を汚さないで欲しい」


 その言葉にハッと少し身体を離して見下ろせば。


「……和奏……僕は……」

「あれ……? おかしいな。泣き落としみたいなこと、したくないんだけどなぁ。まぁとにかく。柊くん! 今は待って。私だって、黙ってやられっぱなしになるわけじゃないんだから!」 

「どうするつもりなんだよ」

「明日説明で良い? そろそろ、本当に眠いや」

「あぁ……ごめん」

「良いんだよ。懐かしいね、こうやってギューってするの」

「あぁ……知らなかった。和奏がこんなにハグが好きだとは……」

「なっ! 柊くんだって好きでしょーが!」


 悪戯っぽく笑っていた頬を膨らませて、抗議を示す和奏の頭をぽんぽんと撫でて。


「さっさと寝ろ」


 と言って完全に身体を離した。


「ふぅー。はーい」

「急に落ち着くな」

「ふふっ、落ち着かせたの柊くんじゃん。じゃ、また明日。……信じてるから」

「あぁ」


 冷静じゃなかったかと言われると、これ以上ないくらい冷えていたと思う。でも……和奏が嫌がる方法で解決しようとしていたのは間違いなくて。そう考えると確かに僕は、冷静じゃなかったと思う。

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