第9話 忍ぶ者
僕の話をする。僕は所謂忍ぶ者、忍者、つまりは『忍』だった者である。いや、正確には正式な『忍』ではなかったけど。まだ修行中の身だった。
主な仕事は国の依頼を受け、秘密裏に海外からの武器や薬物の持ち込みをする組織の処理。
政治家や大企業の中に入り込み汚職等の捜査。暴力団やヤクザの中に入り込み違法薬物の売買や抗争の未然の阻止をするのが現代に残った『忍』が国から依頼されていた仕事を行う家系に生まれたから、僕も将来そうなる予定だった。
今は『忍』なんて職業は消えたというか消されたわけだけど。それはまた別の話だ。もともと秘匿組織で一般人は今も忍者が本当に世の中に忍んで国から依頼されて仕事をしているなんて思ってもいないだろうし。
さて、ここは夜中のマンションの駐車場、目の前にいるのは銃を構えたスーツ姿の男。油断なく間合いを保ちながらセーフティーがちゃんと外された銃を真っ直ぐにこちらに向けている。
今朝から気配はしていたから和奏が寝静まったタイミングでマンションを出て隙を見せてみたらこれだ。僕たちを倒すために組織された『対忍課』の奴か。
小刀の柄にかけていた手を下ろし、戦闘の意思がないことを示す。
「何の用だ。不可侵条約は破っていないはずだ」
「怪しい動きがあれば対処するように言われている。君の母親、坂井正子の狙いは何だ。何のために情報屋に接触していた」
「そんなことも調べがついていないとは、日本の警察も落ちたな。本人に聞けば良いじゃん」
……母さんの諜報活動の動きが掴まれている? そんなことがあるのか……。
「チッ……生意気な口を聞くな。質問に答えろ。こちらには発砲許可が出ている」
なるほど、掴まれているのは接触したという事実だけで情報屋は警察を撒いて母さんも調べさせた内容は上手く隠しているのか。内容はさっき見た、和奏のストーカーが誰なのか、だな。
「……発砲許可と同時にさ、僕相手に一人で挑むなって命令は出てないんだね」
「あ?」
「……新人かな。僕が相手にした人たちなら大体はもう気づいてるだろうし、僕が厄介だと思ったやつなら気づいた上で対応できてると思うよ」
そう言って指をくいっと動かした瞬間、そいつの腕が急に持ち上がり持っていた銃が宙に舞い振り子のようにゆらゆらと揺れる。
「くそっ」
すぐに銃から手放しこちらの動きに対処しようと両手を構えるのは良い判断だ。得物に執着するようなら腕の関節を極めて、なんなら追ってやるところだった。でも。
「もう遅いよ」
「何ッ」
男はひっくり返るように転ぶ。その足はよく見なければ見えないほどの極細の糸に縛られている。だがその頑丈さは大人一人くらい余裕で吊るしあげられるほど。
「くそっ。貴様、わかっているのか」
「? 敵意を持って、攻撃手段をちらつかせて僕の領域に立った。不可侵条約に抵触しているんだ。何されても文句言えないよ」
「くっ……」
「不可侵なんて言っても僕たちはね、はいはいとあんたたちの言うことを黙って聞くわけじゃない。むしろ僕らを監視することこそ条約に抵触するんじゃないか? 話をしたければ相応の態度で相応の席を用意して来てよ。美味しい焼肉が良いな、僕は。……自分が常に優位と思うな。じゃあ、帰るよ。頑張ってほどいて帰ってくれ」
「な、てめぇ、待て!」
「また同僚を探すために捜査員を動員したくなかったら大人しくしてなよ……次は本当に帰らぬ人を探すことになるかもしれないから」
「くそっ、待て! 待て! 影蜘蛛!」
さっさと戻らなきゃ。起きて僕がいないとなれば余計な心配をかけることになる。
ある時、「忍」の処分を決めた政府は、僕たちを消すために警察や自衛隊から選び抜いた100人を差し向けた。そしてそのすべてがその日のうちに行方不明となった。
忍会の会長と政府高官による会談の末、忍会は捕らえた百人の刺客の居場所を教えること、忍会が握っている政財界の重要機密の証拠となるものを処分すること。
政府は忍会の処分の決定を撤回すること、その後の「忍会」の関係者に関与しないことという不可侵条約が結ばれた。
『忍』の存在は一部の人にとっては常にこめかみに銃を突きつけられているようなものなのだ。いつかはこうなるとは思っていた。と父さんは話していた。
「処分した振りとか一部だけ隠しておくとかいくらでもできるからね。向こうもどこまで握られているか、どこまで処分されているか把握しきれてないだろうし」
やれやれと肩を竦めながら父さんは続ける。
『そもそも会長は『はて、この老骨にはどれが世間に漏らされたくない情報か選別できませぬ』とか言ってとぼけてたし。だから今でも我々は目の上のたんこぶさ』
とのことで。だから僕たちは監視されている。不可侵条約とは何だったのか。
会長の狙いは理解できる。攻撃されないための抑止力だって。下手に敵対すれば情報をどこかに流されるリスクを背負わせる。再び彼らが攻めてきた時、また返り討ちにできるとは限らない。だから攻撃させないようにする。
敵意が無いことなんて証明できない。だから対等の席を用意させてこめかみに銃を突きつけ合う。それもまた平和なのだろう。
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