第7話 小テストと贅沢な晩餐

 部屋着に着替えてリビングに戻ると、和奏は机に突っ伏していた。


「? 和奏。眠いならベッドに行きなよ。風邪ひくよ。夕飯は僕が用意するからさ」


 と言うが返事はなく、和奏はトントンと机を指で叩く。いや、机に置かれた紙に叩いている。


「ん?」


 裏返して見てみれば、それはまさに今日やった小テストなのだが。確かそこまで難しくなかったはず。しかし見てみれば……答えどころか途中計算すら書いていない、解くことを放棄した問題が多数並んだ答案がそこにあって。


「これ確か五十点満点だよな」

「そうだよ。柊くんは何点だったの?」

「難しくなかったから五十点。五十割る十は?」

「五点」

「おう」

「うん」


 流れる沈黙、和奏はゆっくりと頭を上げて。


「もしや十点満点だった? だとしても私、半分しか解けてないね。柊くんは超優秀で五倍の点貰ったんだあはははは!」

「いやいや……なんだろう、どうなってるんだ」


 降りる沈黙。引きつった笑みと戸惑いがぶつかり合い。


「そーですよ! わるぅございましたね! そーですよ! テストはいつも二桁行けば良い方だよ! もうもうもう!」

「あ、あぁ……」


 なぜかペシペシと叩かれるが全然痛くない。


「はいはい落ち着いて落ち着いて」

「くーん」

「なんで犬」

「柊くんが頭撫でるから」

「えぇ……」


 って本当に頭撫でてた。


「ごめん。本当に」

「良いよ、むしろなんでそんな真剣に謝るかなぁ……」

「いや……本当。ごめん」

「良いって。なんか落ち着いたし……じゃあ、柊くん、わたしに勉強おせーて?」

「えぇ……」

「なんでいやそうなの?」

「いや……なんだろう……」

「んーあぁ、わたしに教えるのがめんどいのか」

「それはあるけど」

「あるの?!」

「そりゃまぁ、人に教える責任は中々に重いからな」

「真面目だなぁ。気楽にこの問題はこーだよーで良いんだよ」

「それで済まない点数だろうが、君のは」

「うっ」


 胸を押さえグサっと刺さったポーズをするのだが僕は目を潰したい衝動を抑え込みながら目を逸らした。直視してはいけないが思わず見てしまうものを見た気がした。

 頭を切り替え改めて答案用紙に目を落とす。


「……これはなんだ、基礎からなってないのか……?」


 よし、とりあえず。


「わかった。じゃあとりあえずそうだな。このテストの振り返りはしよう」

「良いの?」

「頼んだの君だろ」

「そ、そうだけど」

「ご飯作ってもらってるしな。うん」


 あと、なんか和奏をそういう目で見そうになった罪悪感もある。


「じゃあ、はい、順を追ってやり方を確認するところから始めよう」

「はい! 先生!」


 放たれる眩しい笑み。変わってないんだけどなぁ、それは。そのことに安心する。

 変わってなくてもお互い間違いなく変わっている。

 そのことを少しずつ実感していく。

 きっと和奏から見ても、僕は確かに変わっているのだろうな。




 「とまぁ、こんな感じかな」

「おーなんか今なら解ける気がする!」

「それは良かった」

「んー。しかし勉強したらつかれたなー。夕飯作ろーオムライス―」

「あぁ……」


 時計を見ると、もうそろそろ七時を回る頃。


「いや、出前を取ろう」

「出前……良いの? オムライス。口の中がオムライスだったりしない?」

「何だそりゃ。大丈夫だよ。ここから作らせるの申し訳ないし」

「あ、うん……ピザ? お寿司?」

「どっちでも良いよ。どっちが良い?」

「……じゃあ、ピザ」

「了解。じゃあマルゲリータとベーコンで良いか。届くまでの間に解ける気がするならはい、今日の小テストもう一回解いてみようか」

「うっ……それが目的か……」


 というわけで和奏は再び問題文と向き合う。その間に僕はネットで注文を済ませて飲み物だけでも準備するんだ。




 届いたピザをテーブルに並べる。会計がやけに高いと思っていたら間違えてラージサイズを頼んでいたみたいだ。


「おいひぃ」

「それはよかった」


 和奏は切り分けても自分の顔より大きなピザをモグモグと口に少しずつ押し込んでいく。

 ……なんか草を食べる兎みたいだ。


「贅沢だぁ」


 マルゲリータに乗ったチーズが伸びる様子をうっとりとした目で眺め。はふはふと口の中で冷ましながら飲み込んでいく。


「そうだね、これはまさに豪遊と言うべきだ」


 チキンにポテトまで注文してしまったから。勢いで。……食べきれるかな。

 と思っていたが。和奏が。


「柊くんまだまだ食べれる?」


 ベーコンピザ片手にきょとんと首を傾げて。視線を滑らせ残った量を見て。


「ピザって結構お腹に溜まるんだな」

「だね。モグモグ。お腹いっぱいならあとは食べるけど」


 あ、食べられるんだ……いや、食べたいんだなこれ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 意外と食べるんだなぁと、その細い身体のどこに消えていくんだろうなとか考えてしまう。


「ところでさ、柊くん」

「ん?」

「私が突然いなくなっても、探さないでね?」

「え? どういう……っ」


 前髪を引っ張ってる……。和奏の聞かないで欲しいというアピールに言葉を飲み込んだ。その様子に和奏はふにゃっと笑って。


「ありがとう」


 と言って立ち上がる。


「え?」


 すでにテーブルに並んでいた料理は和奏のお腹の中に消えていたのだ。



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