第6話 違和感に殴られる
食べ終わって、交替で風呂に入って。
思えば昨日は意識していなかったが。
「……さっきまでここで和奏が身体洗ってたのか」
……湯舟に入るのはやめておこう。良からぬことを考えそうだ。
和奏に対してそういうことを考える日が来るとはな、と逆に冷静になった。そして罪悪感に苛まれる。
「あ、そういえば」
すっかり頭から抜けていたけど。
風呂から上がって自室でベッドに横になって先ほどの動画サイトで。確か曲名は。
「『残った響き』だったかな」
検索するとすぐに一番上に。
「ん?」
和奏は動画投稿サイトから有名になった歌手。なんだけど。
「このチャンネル……」
最近作られた奴だ。慌てて和奏が使っている筈のチャンネルに飛ぶが、そこにはこの曲は投稿されていなくて。改めてさっきのチャンネルに戻ると、配信アーカイブはまさにさっきまで和奏が配信していた時間に終わったことを示していて。
「……なんで和奏、新しいチャンネルなんて」
配信のコメントや動画のコメントを見ると、それに気づいてはいるけど、それは指摘しないという暗黙の了解のようなものが見えた。
「……なんで」
思えば全部妙な話だ。
僕は母親の連絡先を呼び出す。なんで和奏との同居なんて僕の両親は許した。
地元を離れて一人暮らししている高校生男子のところに、同い年の女子高生、昔馴染みとはいえ、一緒に住ませてくださいと言われてそれを許すだろうか。
そもそも転校自体、わざわざなぜ僕のいる高校を選んだ。
確かに和奏は両親を頼れないし祖父母も他界しているが。だからと言ってなぜ僕と僕の両親に頼る必要があった。急だから住む家を探せなかったとはいえ、見つかるまで身も蓋もない話だが、ホテルにしばらく頼るのも選択肢だったはずだ。
母親に送ったメッセージは『なぜ和奏に僕と住むことを許可した』という簡潔なもの。それに対する返答は『和奏ちゃんが説明してないなら詳しくは話せないけど、身の回りに気を付けなさい。下手に動かないこと。勘は鈍ってないだろうけど今のあんたに権限はない』だった。
「は?」
……和奏に身の危険が迫っている?
事情を聞こうと和奏の部屋の扉を叩くが返事は無くて。
「……寝たか」
呑気かもしれないが、女の子の部屋の扉を開く気にはなれなかった。
和奏が転校してきた。
知っていたことだけど、まさか同じクラスになるとは。
朝、道案内がてら和奏と登校して職員室まで案内してから教室に入ると、中途半端に空いていた窓際の一番後ろに机が追加されていた。
そして朝のホームルーム。先生がまず入ってきてそれから和奏が……ん?
「神惠和奏です」
あまりに短い自己紹介というのもそうだが、それ以上の驚きの光景を目の当たりにして、「え?」という声が漏れそうになったのを堪えた。
和奏の首のあたりまで伸びていた髪を高めの位置で纏めてそれから眼鏡をかけてパーカーを羽織ってなんか猫背だ。そのまま俯き加減で自分の席に座る。
擬態だ……なぜ? と思ったが思い出した。和奏は有名人だ。活動休止を発表してからそこまで日にちも経っていない。
登校の時は精々フード被ってたくらいだったが、そうか、変装は強化する方向か。
大変だな、有名人。
……これ、僕と住んでるのバレるのもまずいよな。うん。まずい。
和奏は言及していなかったが。うん。気をつけよう。
さて……。
窓の外をちらりと見て溜息一つ……いや、今は気にしない方が良いか。
「じゃあ早速だがこのまま一時間目始めるぞ。テストまであと2週間だからな。最初は小テストをするぞ。ぉい。大城、遅刻だぞ」
「すいませーん」
珍しく一時間目、数学の時間だ。そこに滑り込んできた大城が座り。
テスト用紙が配られる。
「へぇ、転校生来たんだ」
「あぁ」
「……ふーん」
大城が何やら意味ありげに鼻を鳴らして。そして小テストが始まって。
「昼休みまでには採点を終わらせる。教科係は三時限目が終わったら取りに来るように」
そしてそれから授業が始まって。休み時間。
和奏はどんと分厚い本を開いて話しかけるなモードを展開した。……なぜだ。
「坂井って転校生ちゃんみたいな子が好みなんだ?」
「は?」
「なんか意味ありげに見てるなぁって思ってさ」
「いやいやいや。なぜ急にそんな話になった?」
「ん? 違うの?」
「え、いや……」
違うかと言われれば頷きにくいのだが。だからと言って。認めるわけにはいかない。
曖昧に首を傾げる僕に大城は。
「あはは! 俺と君の仲じゃないか、恥ずかしがることないのに。まったく……話す気になったらいつでも相談してくれ!」
「あ、あぁ」
正直意外だった。大城がこんな風に笑いながらそういう話題を自分から振ってくることが。
サッカー、というか自分がゴールを決めることにしか興味のない人種だと思っていたから。
昼休みも和奏はサンドイッチを食べながら本に目を落としていて。僕はそんな和奏をたまに様子を見ながら、同じくサンドイッチを食べる。
窓の外を見れば大城はグラウンドでサッカーボールと戯れている。さっきからクロスバーやゴールポストにボールを当てて自分のところに戻している……一見外しているように見えてたけど、すげーことやってるな。
そして放課後、和奏は授業が終わるとさっさと教室を出ていった
「んー」
「じゃあ坂井。また明日」
「あぁ」
大城を見送った僕も、さっさと帰ろうかと学校を出た。
校舎を出て校門を抜けると。
「遅いよ柊くん!」
「……待ってたのか?」
大半の生徒は部活か、帰宅部ならとっくに学校を出ている頃で人はまばら。
そんな中で和奏が不満をにじませた顔で立っていた。
パーカーのフードから覗く、眼鏡越しに澄んだ瞳が見上げてくる。和奏ってこんな下から見上げてくる感じだったか? 今の地味な印象の姿と賑やかな普段の和奏との
ギャップが頭を右へ左へとぶん殴ってくる。
「柊くん、背、伸びたね」
「そりゃそうだろ今更か。んで、どうしたんだ? 用事か?」
「一人で帰りたくない」
そう言いながらパーカーのフードをを深く被った。
「だったら教室で待ってろよ」
「私と変な噂とか立っても、柊くん気にしないの?」
「僕と関わりたくないクラスメイトの方が多いだろうし」
「ふーん。何をやったらそうなるんだか……んー柊くんちょっと喧嘩っ早いところあるしなぁ」
「よくご存じで」
「まぁね。ふふっ。え?」
「その通りだよ」
学校から家はそこまで遠くない。
二人で話しながら歩いていればすぐに着く。
「まぁ、そんな感じで、一年の頃ちょくちょく怒られたわけよ」
「暴れたねぇ。そっかそっか……相変わらずか」
「ん?」
声がワントーン落ちた気がした。それは、和奏の機嫌が変わったサイン。
「ごめん。なんか怒らせたか?」
「ううん。こっちの話」
「そっか」
なら、深くは追及しない。
スマホを構えてシャッターを切る。うん。やっぱり昨日の方が淡くて柔らかい。今日の夕日は昨日より暖かい。
「日、長くなったね」
「うん。ほら」
和奏にスマホの画面を差し出すと、すぐに覗き込んでくる。鼻孔をくすぐる香りは僕が一番好きな香り……なんだろう、金木犀だろうか。季節外れの、いつもは秋の訪れをはっきりと教えてくれる香り。
「あ、今日の方が日、少し高いんだ」
「そ、まぁ、気のせいかもしれないけどさ。厳密に同じ角度から撮ったかわからないしさ」
「かも……ん?」
「どうかした?」
「ううん……なんでもないよ。二枚ともちょうだい」
「え、うん」
何を気に入ったのかわからないけど渡さない理由も無いからすぐに送信した。
「ありがと」
いつも通りを装った少しだけ硬い声。何かあったか聞こうと思ったけど和奏は前髪を引っ張って顔を伏せてそのままマンションの中に入っていく。その後を追う。
「今日は何食べたい?」
「え?」
聞こえてきた声にさっきまでの硬さはない。
「夕飯だよ、夕飯」
部屋に続く階段の途中、振り返った和奏はとっくにいつも通りで。
「あ、あぁ……いや、何でもいいよ」
「そういうのが一番困るんだけど」
「ごめん」
ぷくぅとわざとらしく頬を膨らませて。さっきまでの硬さはどこに行ったのか。夢だったのか、幻だったのか。
「ううん。ごめんごめん困らせて。……柊くんは相変わらず卵系が好きなの?」
「え? あ、うん」
「そっか……じゃあオムライスにしよう」
人差し指を立てて上機嫌に駆けあがっていく和奏の背中をゆっくりと追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます