第5話 振り返って見下ろした足跡
実際、和奏と話していて気づかされた。いや当然なんだけど、自分がその状態だと簡単に気づけるものじゃなかった。僕は焦っているんだ。それをちゃんと頭で認識するだけでもかなり違うというもの。
決められた将来だったはずなのに、突然国から命を狙われて、その後普通の人間として生きる拓かれた未来に放り込まれた
自室のベッドに寝ころび天井を眺めながら考える。
要は僕は、普通に生きるということに悩んでいる。
「……原点に返ろう」
僕はどうして、写真を撮り始めたんだ。普通に生きるということがわからなくても、これはわかるから。
今の僕はSNSに投稿して不特定多数の人からの反応をもらって、それにシャッターを切る指が喜んで。それが写真を撮る理由を埋め尽くして。
そしてその反応が薄くなって、フォロワーが伸び悩んで。
……僕は最初、誰に写真を見せてたんだっけ。
保管してあるメモリーカードのケースにシールで貼った日付を辿っていく。一番最初のそれを手に取りノートパソコンに差して。
「へぇ……」
懐かしいな。
これが僕が一番最初に撮った写真なんだな。
そのままパソコンを持って部屋を出ると。
『そーなの。すごいでしょ。あ、PVはこの配信の後公開するね』
なんて、隣に割り当てた和奏の部屋からそんな声が聞こえた。
……配信しているのか? 活動休止をしても配信は続けるのか。
『それでは聞いてください。新曲……』
「……新曲?」
聞こえてくる生演奏。このマンションは防音がしっかりしているから何かあるわけでもないけど。
聞こえてきたタイトルをYeah Tubeで検索してみるが。
「……ないな」
配信の後にPVを公開するから、まだ出てこないのか?
聞こえてくる歌、曲。和奏らしさが良く出ている、心に染みてくる歌声と曲、寄り添ってくれるようでしゃがみ込んでいる心を引っ張りあげて立たせてくるような歌詞。
頬を緩ませている自分に気づいて慌てて締めなおして。それからお菓子を仕舞っている戸棚を開き何を食べようか悩んで、うすしおのポテチを取り出した。
配信が終わったようで、ガチャっと扉が開いて。
「んー? お悩み終わり?」
「あぁ、そっちは? なんか話してたけど」
「うん、終ったよー。んー? なんか良いもの食べようとしてる。んー、けど我慢かな! この時間は危険!」
「それもそうか」
「あれ? 食べないの?」
「朝と昼、ちゃんと食べたからな」
「そういえばお互い、夜何も食べてないね。そだ! うどん茹でよっか」
「良いね、ん? あったか? うどんなんて」
「昨日買ったじゃん」
「あぁ」
納得している間に茹で上がったのか、やさしいだしの香り漂うお椀が二つ並んで。いただきますと二人で手を合わせた。
「お、うま。歯ごたえが丁度良い」
「ほんと、良かった……解決したんだね」
「一旦はね」
「へへっ、良かった。そういえばさ」
「ん?」
「これ」
「……うわ、なつかし。中学の頃のわたしじゃん」
「これが最初に撮った写真だったなって」
「あー……そうだっけ?」
「うん。……」
桜並木の中、なんとなく桜を撮ろうと構えたカメラ。和奏が振り返って笑って、その一瞬に気がつけばパシャリと。
何も考えずに撮った一枚。きっと最初で最後。もう撮れない。
桜の妖精なんてありきたりな言葉が浮かんでしまう。
手を伸ばしたくなる、舞っている桜が全部地に落ちたら消えてしまいそうな気配はとんと軽やかに楽し気に飛び跳ねる。差し込む陽光はスポットライト。桜並木はその瞬間だけ和奏のステージになる。
間違いなく僕はこの時に世界を切り取って保存する魔力に魅せられたんだ。
……そうだ。
僕は最初、こんな風にきれいだと思ったものを自分の手の中に仕舞いたかったんだ。
撮れた写真を和奏に見せたら。
「わぉ、私ってばこんなにきれいに撮れるんだね。柊くんすごい!」
何て言って和奏は笑ってくれた。
そうだ。何よりも和奏の笑顔を、守りたかった。この写真の中の和奏の笑顔を、ずっと。
再会して、話して、ようやく僕は一番最初のところに立ち返れた。
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