第3話 唯一の友人。

 ガラガラっと望真ぼうしん高校二年A組の教室の扉が開かれた音に顔を上げた。


「やぁ、おはよう、坂井」


 そう声をかけられ、和奏から作ってもらった弁当から顔を上げた。


「あぁ……もう昼休みだけどな」

「へへっ」


 そう軽く笑って、でもすぐにいつもの怠そうな表情に戻し、隣の席に座ったのは大城おおき拓真だ。

 小柄な体から伸びる手足は細いが不健康な細さではなく、その必要に駆られて鍛えられ引き締められた肢体だ。その足にはサッカーボールが乗って吸い付くように床に落ちない。

 このクラスだと僕のただ一人の友人と言えるかもしれない人だ。


「起きたら十時過ぎててびっくりしたよね」

「はぁ」


 サッカーのスポーツ推薦で入った大城は一年の頃からレギュラーで活躍、フォワードとして県の大会得点王となり、全国でも一回戦、負けてしまったもののハットトリックを決める大活躍をし、強化指定選手にまで選ばれたが。


「次遅刻したら部活停止じゃなかったか?」

「良いよ、俺がいないと全国じゃ一点も取れないチームだし、退部させられたらクラブのスカウトどれか受けるよ」


 と、これまた怠そうにため息を吐いた。

 僕は彼のそういうところに少し惹かれ、県大会の決勝は現地まで応援しに行った。

 大城の二ゴールによる二対二の状況、このままいけば延長戦、後半アディショナルタイム。 

 ディフェンスラインまで戻りボールを奪った大城は三人をあっさりと華麗に、筋書き通りの舞踏のような動きで抜き去り前線にボールを送りピッチを走り抜ける。 

 そしてゴール前、待機していたフォワードに送られたパスを。味方から味方へのパスを、彼は三人にマークを付かれながらカットしたのだ。

 ここまで二点を決めている大城を相手チームは警戒していた。だというのに彼はボールを奪ったのだ。そして。

 僕は気がつけばスマホのカメラを起動していて。

 正直、大した写真とは言えない。観客席からの一枚で、ボールもどこにあるかもわからない一枚で。でも。それは確かに彼がシュートを決めた一瞬前。

 ディフェンスの背中を壁として利用した、キーパーの不意を突く軌道のシュートをゴールの隅に叩き込んだ。それが決勝点。同時に試合終了のホイッスルが鳴った。

 味方も敵も欺いた。その会場で唯一彼だけがどうやって決めたか理解している。

 恐らく相手チームはこう言うだろう。『俺たちは大城に負けたと』。

 観客はこう言うだろう『この試合の勝者は大城だと』。

 それだけピッチでは大城は圧倒的で、誰よりも自由だった。強いが故に自由に動ける。

 たまたまそんな彼の隣の席だった。それだけ。


「クラブに入ってもその生活態度じゃなぁ」

「俺は練習と試合には遅刻したことないよ……まぁ気にしないでよ。俺のサッカーが通用しなくなったら、人生が終わるだけ」


 自分の人生はサッカーだけだ。彼はそこまで割り切って生きていた。

 ……僕は。

 そこまでの覚悟を持てていたのか、わからない。

 こう生きるのだろうと思っていた人生における役割を唐突に失って。

 どう生きれば良いのかわからなくなって。手元にあったものを確認した時に気づいた。ジオ分が写真を撮るという行為に魅入られていたこと。でもそれで何をしたいのか全然わからない。

 SNSに上げて反応をもらうことで少しはやる意義を見出したけど、フォロワー数や写真を上げた時の反応が伸び悩んでそれが気になるようになって。

 自分がなんで写真を撮っているのか、わからなくなってきているような奴なんだ。

 親の仕事の手伝いの傍ら、趣味でやっているだけだったころの方が純粋に良い写真取れていた気がする。

 席に座って「ふぅー」と息を吐いた大城は思いついたように。


「ジュース買いに行こうよ」


 なんて言った。断る理由も無いので立ち上がると大城もそれに続く。その足元にはいつものようにサッカーボールが転がる。

 特に何か話すわけでなく、校舎と体育館を繋ぐ一階の渡り廊下にある自販機コーナーに向かうその途中。


「待ちなよ坂井」


 大城は僕の肩を掴んだ。


「坂井なら勝てるだろうけどさ。やめなよ」


 大城はそう言うけど、僕は気づいてしまったから。

 階段を降りた先、その横。使わない机や椅子を置いてる物置のようなスペース、その奥まったところで、体格の良い三年生二人が小柄な一年生を囲んでいて。


「ジュースくらい良いだろ? な?」

「俺たち喉乾いちまってよぉ」


 なんて言っているのが聞こえて。僕がそこに向かおうとしていたから。


「見逃せってか?」

「悪いところであり良いところだよね。知ったら背を向けられないの。でもさ、もっとクレバーに行きなよっと」


 そう言って大城は昇降口に放置されていたサッカーボールを持ってくる。

 ちらっと階段の横を覗いて。軽くリフティングを初めて


「これサッカー部のじゃん。昼休みに遊ぶために朝練の後に持ち帰ったな、まったく……」


 とんとボールを蹴り上げて。


「どんっ!」


 と壁に向かって蹴り込んだ次の瞬間「ぎゃっ!」「いでっ」って声がした。


「走って」

「え、おう」


 大城が僕の手首を掴んで走り出したのと同時に。


「誰だこらー!」

「ふざけんな誰だーっ!」


 という罵声と。


「校舎の中でボールを蹴るな!」


 という先生の声が昼休みの校舎に木霊した。


「だははははっ、成功成功」


 走って走って校舎を一周して目的地の自販機前に辿り着いて。

 大城は満足そうに笑う。腹を抑えてひぃひぃ言いながら息を整える。


「ほら、上手くいった」

「いや……まぁ……」

「だめだよ坂井、去年みたいなことになるよ」

「……あぁ、わりぃ。助かった」

「良いってことよ。ジュース奢りね」

「ったく……わかったよ」

「よっしゃ」

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