リアル中二病隔離病棟
穢土木 稿書〈えどき こうかく〉
カルテ.1 命の形
突如として猛威を振るう謎の病理が日本を覆った!
その病理の名は…『非実在妄想顕現症』通称「リアル中二病」
1ヶ月のうちに被害は沈静化され、日本は平穏を取り戻した…と思われた。
X県Y市の市民病院、交通事故で運び込まれた僕は目を覚ました。
「
「…はい」
オレ…じゃなくてボクは中野二郎。数日前トラックに轢かれて死んだかと
思ったけど幸運にも利き腕の骨折だけで済んだ。だが、車とぶつかった心理的ショックで丸2日ほど気絶していたらしい。
「経過は順調みたいですねー、先程検査してみましたが
持ったりもできますよ。」
先生は明るい口調でそういった。だが不安が残る。
「…そう、ですか…それって大丈夫なんですか?」
一ヶ月前に悪影響は無いとWH●が名言した通称リアル中二病は
どういうわけか思い込みを多少の周囲を巻き込んで現実にする。という病気らしい。ということは骨折も「大丈夫」と思えば痛みも無くなるし、
「動かせる」と強く思えば次の日には動かせるようになる。
今朝の新聞では半身不随だった少女が歩けるようにまで回復したとも
報じられていた。ウイルス進化?とか言うのも関係しているとかの噂らしいが
僕の腕が治ってくれればそれでいい。パンデミック当初は不安のせいで体調の悪化等が叫ばれたが良い副作用が広まった途端、そんなことは一部の陰謀論者を除いて
無くなってしまった。
医者の先生は微笑みながら続ける。
「まーあとはショックや不安が原因で体調が悪化しないかだけなので
精密検査して健康だと太鼓判を押せばすぐによくなるでしょう。」
流石最前線で病気の対応をしているお医者さんは違う。1ヶ月前まで全世界が
てんやわんやの大騒ぎをしていたのに、もうこの病気の良い方面を利用して
役立てている。
精密検査を終えて、問題無しとのことだった。
なんだかもう右腕を動かせるようになってきたぞ。本当にすごい。
「…ありがとうございました。お世話になりました!」
受付で挨拶をして病院から出ようとした瞬間。
「―――中野二郎さん!ちょっといい?」
女医さんに呼び止められた。色気溢れる白衣の似合う大人の女性だ。
「私は
研究者よ。退院前で悪いんだけど、まだ謎の多い病気だからこっちでもう
少しだけ協力してくれない?」
随分と若い女医さんだ。見た感じ20代かな?
後ろの女性看護師さんは補佐だろうか。眼鏡が似合うおしとやかで物静かな方だ。
病院の休憩スペースでコーヒーを2人分買ってから2つとも一気飲みし、女医は話を始めた。あ、僕のじゃないんだ…
「さっきも言ったけど、私はある大学病院でこの病気の研究をしているの。
それで君の検査の結果、特異な体質が病気の影響を受けて今までにない
性質を発現しているわ。これは悪いことではなくて別の患者さんの助けに
なり得る希少な存在というわけ。もちろん協力するのはアナタの自由だけど…
お願いしたいの。ただというわけでも無いわ。御礼はしっかりする。」
なんだか急に規模の大きい話になってきた。でも人の為になるなら…
「もちろん。いいですよ!誰かの為になるなら僕に出来ることなんでも
やります!」
きっと採血や経過観察のようなものなのだろう。快く承諾した。
この選択が、後の悪夢を呼ぶとも知らずに…
大瀬先生は頭をさげて御礼をすると、続けてニコッと笑って質問してきた
「…トイレは大丈夫?」
僕は質問の意味が分からないが、まぁ便意尿意は無いので戸惑いながら
はいと答えた。
―――そのとき、後ろから何者かに目隠しをされ何かの薬品の匂いが鼻腔に入った
瞬間、意識が飛んだ。
途中気が付き、何度かパニックに陥ったが、その度に薬品を嗅がされた。
どうやら車の中のようだ。大きなバンだろうか?
手枷をされてロープで縛られてはいるものの、脚を伸ばせて余裕あるくらい
だ。少しして車が止まると、今度は巨大なエレベーターに乗せられ、
ゴウンゴウンと下に降りる感覚を感じる。数分は降り続けただろうか?
足場が止まった。車から降りてそこでやっと目隠しを取られると
目に入ったのは大きな壁と看板。
看板には『衛府蘭大学病院第0隔離病棟』と書かれている。
左右から照らすオレンジのライトが
辺りを不気味な色に浮き上がらせる。
「ここは…?」
コンクリートと鉄板でできた巨大な地下施設。
けたたましいアラームが鳴り響き、警告灯が回転する。
目前の壁にも思えた鉄板が重厚かつおおきな音を響かせゆっくりと二つに割れる。
合わせ目の凹凸の奥から覗いたのは白いコンクリートの柱が何本も縦に
刺さった だだっ広い、ただただ広いだけの空間だった。
余りの大きさに距離感がバグる。
昔テレビで見たことがある。東京の地下にある治水用の地下空間
あれにそっくりだった。
「入って。」
どこからともなく聞こえる大きなスピーカー音。遠くから遅れて
木霊して聞こえる。どんだけ広いんだ?
車を後にし、指示通り内部の空間に入っていく。
やっと景色にも慣れ、辺りを見回すとさっきの看護師の人が
僕の後ろ少し離れたところにいた。
またスピーカーから声が聞こえる。よく聞くとさっきの女医の声だった。
「あ、あ~。マイクテスト マイクテス…聞こえる?
あなた達には…ここでリアル中二病の患者と戦ってもらうわ。」
「ど、どういうことですか!?大瀬先生!」
僕の疑問の言葉よりも先に看護師が
「中川にのさん。あなたはアシスタント。教えた通りやれば問題ないわ」
「でも先生!私は発症してません!…」
なんの話だろうか?発症?患者?そして…戦う?
治療じゃないのか?現実が飲み込めず、言葉が紡げない…
「じゃあ最初から説明するわね。ここは国内唯一のリアル中二病隔離病棟を
有する
そのものよ。」
「あなた達はさっき、検査を行ったわね?そのとき他の発症者や健康な人
とは違いリアル中二病の菌への耐性が確認されたわ。それも、特効薬と
言えるほど強力なもの。そしてあなた達の経歴を隅々まで調べた…」
出身、家系図、血液型から性別まで全て違うあなた達2人。
中学高校の成績表から卒業アルバム調べられるものは全て。
もちろん…自室の机の引き出し、二重底の底までね。」
「アァッ!!!?」
謎の奇声を上げると見る見るうちに中川さんと呼ばれた看護師の顔が真っ青になっていく
「まさか…」
嫌な予感が、それでいて確信が胸を引き裂く
「そして中野くん…ベッドの下のエッチな本。これは健康的な男児の
一般的な欲求の現れね?恥ずかしがることないわ。生理現象だもの。でも…」
「やめろ…なんで…」
「…エッチな本でカモフラージュしてまで隠したかったこのノート達は…?いったい何かしら?」
「…ッ!!!!!!!!…げ…外道が…ッ!!!」
「もう
中川さんと僕は…膝から崩れ落ちた。
決して二度と日輪の下 露わにさせはしないと決めた漆黒の秘文…ッ!
「『中二病』は病とこそ呼ばれるものの、思春期特有な一過性の
精神的なものに過ぎないとされていた…しかし現代になってリアル中二病に
対する身体的抵抗になるものだと明確に断言されたわ。」
…まさか中川さんも…?
脂汗をたらしながら焦点の定まらない目を震わせ
ブツブツと呟いている。
「そんな…『
全32章からなる
「8桁のパスワードも解除したわ。
当時の推し×2の誕生日ね、一発で解除したわ」
無慈悲、悪辣、冷血、大瀬と呼ばれる女医を表す言葉はまだ広辞苑に無い。
言葉にもなっていない首を絞めた鶏のような獣声を上げる中川さん
「一ページ目を朗読するわね。この詩(うた)を●●×●●両名に捧ぐ…」
「いっそ殺せぇええええええ!!!!!」
上司である大瀬の言葉を遮って絶叫する中川さん。初めて見たときのおしとやかさは
跡形も無く消えてしまった。
大瀬女医は深いため息をつき話を始める。
「本当は目を通したのは最初のページだけよ。
…でも、あなたがリアル中二病ならこの段階で死んでいたわ。」
うずくまりながら耳を塞ぎうう~…とうめく中川さん。
確かに、妄想を本当に実現する病気に
今の一連の
「こういった
また他人に危害を加えかねない妄想を持つ物や暴走した自意識を持つ患者、
症状が強すぎる患者を治療のためここに収容しているの。」
人の言葉を忘れた中川さんを外目に僕は疑問を投げかける。
「…治療?でも戦えって…」
「まだ説明の途中よ。リアル中二病を治療させるには三つの方法がある。」
・1つ 現実を無理やり見せつけ中二病が恥ずかしいことだと認識させる。
これは所謂ショック療法に近いわ。可能ではあるけど
患者の命が持たず死の危険を伴うわね。
・1つ 隔離病室にて鬱屈とした意欲やストレスを発散させ続ける。
一番安全ではあるけど非常に時間を要する可能性がある案よ。その間ぶり返しや
倦怠感による燃え尽き症候群で
・1つ 更に強い中二病の症状で封じ込める
精神的激痛を伴うけど死ぬことは無い。そして短時間で終わる。
つまりリアル中二病への特効薬ということ。自分よりキツイ中二病を見ると
「それはないわ~…」と落ち着くでしょ?それをリアル中二病で行うの。」
「封じ…込め…?」
「協力者としてあなた達をそこに入れたのは他でもない。患者達よりも強い
中二力を持つ中野くん、あなたを求めるが故!再度聞くわ。他患者を助ける為に
協力してくれるわよね?中野君、中川さん?
…いや、こう聞くべきかしら。
再誕せし
『
そして
『
「中野でいいです!!!」
「いっそ殺せぇええええええ!!!!!」
マジックミラーになっている指令室が消え、モニターはコンクリートの壁になる。
「…所長。いくらなんでも彼らにだけ頼むのは荷が重すぎるのでは…」助手である男が大瀬に近づく。
「いや、彼らでないといけない。特に彼でないといけないのだ。」
「それはまた…なぜですか?危険があるのに。」
「中野二郎君。彼はもう既に現代医学的には一度死亡している。」
「ッ!!それは…どういうことですか?」
「事故当時、彼はトラックに轢かれ一度脳死状態になって1日経過したあと、死体安置所で息を吹き返したのだよ。右腕の骨折以外極めて健康体としてね。市民病院ではカバーストーリーを流して情報統制を行ったが…」
「…これは賭けだ。リアル中二病と間抜けな名をしているが、
その実妄想を現実にするこの病は全人類が不老や不死になり得る可能性を秘めている。太古から追い求めてきた人類の悲願。その検体が、今目の前を歩いて喋っている!!こんなこと他の患者では起こり得なかった現象よ!」
彼の行動や研究次第で命の形が、医学が、科学がひっくり返る。
「そして
中野二郎の闘病生活が…始まる。
第一話・完
※この作品に登場する人物、組織、病名は中二病以外全てフィクションです。
リアル中二病隔離病棟 穢土木 稿書〈えどき こうかく〉 @edoki-koukaku
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