第2話 旅立ちⅡ
村を出て、整備されていない太めの獣道に入った。雑草が腰の高さまで伸びていて、モンスターが出てきても直前まで気付けないかもしれない。
ノエルは道の左側を、オーウェンは右側を警戒しながら前へ進む。
草原には次第に木々が増え、森へと変貌していった。
木々の葉の間のほんの隙間からしか空が見えず、太陽の傾き加減が分からない。
「オフィーリア、疲れてない?」
「うん、大丈夫」
これくらいで疲れていては、これからの旅が思いやられる。それなのに。
「オレは少し疲れたかな。ノエル、休もう」
オーウェンは休憩を願い出る。
「そうだね」
一人でも疲れてしまったのなら仕方ないだろう。
丁度、切り株と腰掛に最適な大きさの岩がある空間で休憩を取る事にした。
水筒の限りある水をちびちびと飲み、一息吐く。
自分では疲れていないつもりだったけれど、尖らせっぱなしだった神経は擦り切れていたらしい。気を抜くと頭が空っぽになる。
そこへ何者かが草を踏みしめる音が聞こえてきたのだ。
もしや――
「こんな時にモンスター……!?」
三人で頷き合い、そろりと立ち上がる。ノエルとオーウェンは剣を手に取り構える。その時。
「えっ……? 野ウサギ……?」
飛び出してきたのは、なんと可愛らしい茶色の野ウサギだった。
拍子抜けして、三人で腰を抜かしてしまった。
「あは……。あはは……」
なんて間抜けな光景だろう。ノエルとオーウェンなんて、剣を放ってしまった。
「それにしてもビックリしたね」
「いや、野ウサギで良かったよ。これでゴブリンなんて出てきたら――」
オーウェンが言いかけて、話は止まった。何故なら、ゴブリンなんかではない、人間でもない、もっと大きな巨大な物の気配を感じたのだから。直ぐに木漏れ日が遮られ、岩の何かの形をしたものがぬっと現れた。
「何で……こんな所に……!?」
赤い瞳は光を放ち、私たちを睨みつける。
「駄目……!」
ノエルとオーウェンは今、真面に攻撃出来ない。剣を拾い上げる隙を作る為、氷柱を咄嗟に作り出してゴーレムにぶつけた。
ゴーレムは怯みもしない。
「何で……!?」
「オフィーリア! 魔法は駄目だ! ……うわぁっ!」
ノエルはゴーレムの手で跳ね飛ばされ、木に身体をぶつける。
「ノエル……!」
「くそぉっ! ……うっ!」
今度はオーウェンがゴーレムに蹴飛ばされ、岩に叩き付けられる。
「オーウェン……!」
私はどうすれば良いのだろう。このままでは二人が殺されてしまう。二人だけでなく、私も殺されてしまう。
このままでは世界が壊れてしまう。
「お願い……止めて……」
ゴーレムに執拗に痛め付けられる二人に、私は何も出来ないのだろうか。こんなの、形だけの勇者だ。
無力感に苛まれ、涙が頬を伝う。
「止めてーっ!」
無意識のうちに叫んでいた。
すると右手の痣が光り出し、ゴーレムの後頭部を照らし始める。
何故かゴーレムの動きが止まった。
「えっ……?」
振り返ったゴーレムはゆっくりと私に近付いてくる。
標的を私に変えたのだろうか。今度こそもう駄目だ。ぎゅっと瞼を閉じる。
しかし、何時まで経っても痛みは襲ってこない。
ゆっくりと目を開けてみる。そこには岩の手と、差し伸べられた白い花が――
「どういう事……?」
赤い瞳は静かに私を見詰めている。
勇者はモンスターの敵で、倒されるべき相手だ。それなのに、何故こんな事をするのだろう。
花を受け取らずにいると、ゴーレムは器用に私の髪に花を差した。
「私は貴方の敵じゃないの?」
ゴーレムは身動ぎ一つしない。
もし、敵意じゃなく、好意を持ってくれているのなら。ゴーレムに痛め付けられて気絶している二人を助けて欲しい。
二人が倒れている方へと目を向けてみる。ゴーレムは静かに首を傾げる。
「二人を……助けて……」
駄目元でゴーレムの瞳を見詰め、懇願した。
ゴーレムはゆっくりと動き出し、二人を両手で担ぎ上げる。そのまま次の目的地――出発した村の隣町へと歩き出す。
私はただただゴーレムの後ろを歩き続けた。ゴーレムは野ウサギが飛び出して来ると道を譲り、モンスターであるラビットが出てくれば蹴散らしていく。その光景を何もすることが出来ずに眺めていた。
道の先がやっと明るくなってきた。森の出口が近いのだ。
「貴方は、どうして私たちを助けてくれたの?」
ゴーレムが口を利けるとは思えない。それなのに口から出ていた。
「エスメ……ラルダ……」
「えっ?」
エスメラルダ。地鳴りのような低い声で、確かにそう言った気がする。
しかし、私はエスメラルダなんていう人物は知らない。
ただ、風の音と聞き間違えたのだろうか。
森を抜け、草原へと出ると、ゴーレムはノエルとオーウェンをそっと地面に下ろした。日は傾き、空の色はオレンジ色に変わっている。
ゴーレムは踵を返し、森へと帰っていく。それを呆然と見詰めていた。
「……ノエル! オーウェン!」
はっと我に返り、二人の身体を揺さぶってみる。二人は呻き声を上げるばかりで目覚める気配が無い。
前方には立ち並ぶ二階建ての家々が見て取れる。
もう、助けを呼びに行くしかない。
ごめんねと言い残し、街へ向かって駆け出した。二人の命を助けたい。それ一心で。
「お願いします! 誰か……誰か助けて!」
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