第4話 旅立ちⅡ


 ドキドキする鼓動を何とかしようと、両手を胸へと押し当てる。そんな事をしても、どうにかなる筈も無いのに。

 と、突然青年が前のめりになる。地上を見下ろし、何かを探しているようだ。


「えーっと、確かこの辺だったと思うんだけどな……」


 多分そうだろう。とは思うのだけれど、こんな森の中にこの艇よりも大きな飛空艇があるとは思えない。ところが、青年は歓喜を思わせるような「あっ!」と言う明るい声を発した。


「見つけた! きみたち、これから急降下するからちゃんと掴まってて!」


 「えっ?」と言う間もなく、船体は前方へと傾く。それと共に、急速に落下するような感覚に襲われた。船体はガタガタと揺れ、身体に掛かる圧力もかなりの物だ。お腹の辺りがざわつく。


「きゃあぁっ!」


 思い切り目を瞑り、操縦席にしがみついた。セシリアは悲鳴を上げる事すら難しいようだ。

 早くこんな時が過ぎ去って欲しい。祈るような気持ちで更に両手に力を込める。

 願いが通じたのか。それとも偶然なのか。徐々に飛空挺のスピードは落ち、大きく上下に揺れた。どうやら地上に着陸したらしい。


「きみたち、もう目を開けても大丈夫だよ」


 恐る恐る瞼を開け、前方を確認してみる。青年がこちらに振り向き、にっこりと笑っていた。


「ベリル様、大丈夫ですか?」


「……うん」


 未だに鼓動は速度を上げたままだ。しかし、セシリアの心配そうな顔を見ると、本当の事は言えなかった。

 私たちの緊張を知ってか知らずか、唐突にハッチが開く。夜特有の寒々とした空気が艇内へと流れ込む。


「着いたよ。外に出て」


 セシリアの肩越しにハッチの外を見てみると、鬱蒼と茂る木々が立ち並ぶばかりだ。葉がざわめく音と鳥の鳴く声が不気味に響く。とてもじゃないけれど、外に出ようとは思えない。それなのに。


「さっ、早く」


 青年が急かしてくる。その顔を確認してみると、口角は上がっているのに目は笑っていない。

 抵抗は出来ないだろう。セシリアの後に続き、渋々艇外へと足を踏み出す。

 こんな所で何をするつもりなのだろう。不信感を抱きながら、後方──飛空艇を顧みる。何とその向こうには。


「……えっ!?」


 金色に輝く、この飛空艇の何十倍もの大きさがありそうな巨大な飛空艇が停まっていた。

 青年もハッチから降り、得意そうに巨大な飛空艇を指差す。


「あれがおれらの本艦、ダイヤモンド・シーク号だ!」


 艇の内装は外装と全く異なっていた。まっすぐに伸びる通路、十以上あるドア、床に天井──全て木製だ。温かささえ感じる。天井には裸の電球がいくつかぶら下がり、内部を照らしている。


「手前にあるのは食糧庫と武器庫。向かいにあるのはシャワー室が二つと医務室。その奥八室は各自の部屋だ。一応、仲間になるのは八人の予定。って言うか、予想。後ろにあるのは格納庫」


 キョロキョロと艇内を見回していると、先頭を歩くヒースが説明をしてくれた。今までは暗くて分からなかったけれど、ヒースは白色の長袖のシャツ、くすんだ緑色のハーフパンツ、それに焦茶色のブーツを身に付けている。これが空賊の衣装なのだろうか。振り返ったヒースの瞳の色は両目ともブルーグレーだ。やはり、トラディアーではない。

 それにしても艇の外と中のギャップが激しいし、思っていたよりも艇内は狭いのかもしれない。二階に通じるような階段も見当たらないため、一階建てなのだろう。

 セシリアと手を繋ぎ、ヒースの説明を聞き流しながら無言で通路を突き進む。

 間もなく、突き当たり──両手を広げた程度の扉に差し掛かった。恐らく、中には艦長が今か今かと待ち構えているのだろう。思わず生唾を飲み込む。


「この扉の向こうは会議室だ。で、その奥は操縦室。操縦室には絶対に近付かないでね」


 何とか「うん」と頷くと、ヒースは扉を二度ノックした。もう心臓は破裂しそうだ。繋いだセシリアの手にも力が入る。


「ベリル様、何か事件が起きましたら、私がベリル様をお守りします」


「ありがとう」


 とは言ってみたものの、セシリアを此処へ連れてきたのは私だ。セシリアをエメラルドの騎士から守るためとは言っても、これでは逆ではないか。


「でも、そんな事頼めないよ。此処にセシリアが居るのは私のせいだもん。セシリアは私が守る」


「ありがとうございます」


 そんなやり取りを知ってか知らずか、ヒースは声を張る。


「アンバーさん! 地のトラディアーとお供の子を連れてきましたよ!」


「あぁ、思ったより遅かったな。まあ、中に入れ」


 その声を合図に、ヒースは両手で扉を押し開けた。徐々に明らかになる会議室の全容、それに艦長──アンバーの思惑とは──

 ヒースの肩越しに、アンバーを睨み付けてみる。

 流石は艦長だ。全く物怖じした様子は無い。寧ろ威厳に満ちたオーラを漂わせている。私はトラディアーだと言うのに。椅子に浅く座って背凭れに寄り掛かり、脚を木製の長方形のテーブルに投げ出している。しかも、脛をクロスさせて。

 服装はヒースと同じく白色で長袖のシャツに薄茶色のベスト、濃いグレーのパンツを黒いブーツにねじ込んでいる。体格はがっちりしているだろう。顔立ちは平凡以上だと思う。あまり家族以外の人と接した事が無いから、基準が分からないのだ。取り敢えず鼻筋は通っており、グリーングレーの吊り目だ。左目は失明しているのか黒い眼帯をしている。髪は薄茶色の短髪で、オールバックに近い。

 私たちを見ると、アンバーは意地悪そうに笑った。


「オマエら、よくダイヤモンド・シーク号に来たな! ……と言いたいとこだけどよー、ヒース、何でこんなに時間かかった?」


「いや、トラディアーの子が抵抗したり、お供の子も連れて行きたいとか、色々と……」


「で、エメラルドの騎士には見つからなかったんだろーな?」


「……すみません、見つかりました。でも、後は付けられなかったし、此処は大丈夫です!」


 アンバーはヒースの回答を聞くと大袈裟に溜め息を吐き、「何が『大丈夫』だ!」と怒鳴り付けてしまった。ヒースは俯き、「すみません……」と囁く。私とセシリアはどうして良いか分からず、事の行方を見守る事しか出来なかった。

 そんな私たちに気付いたのか、アンバーはもう一度息を吐き出すとニッと笑う。


「ヒースの後ろに居るオマエら、こんな真夜中に誘拐紛いな事して悪ぃ。けどなー、一刻を争う事態なんだ。ソレだけは理解して欲しい」


 一刻を争う事態とは何だろう。と考えていると、一瞬、アンバーの目線がセシリアに集中したような気がした。どうやら気のせいではなかったらしい。セシリアが僅かに俯いてしまったから。

 小首を傾げてみると、その場の雰囲気を変えるようにアンバーが「ところでよー」と明るい声を発する。


「オマエらの名前、聞いてなかったな。オレはアンバーだ。オマエは?」


 視線は確実に私に向いている。渋々口を開く。


「……私はベリルです」


「私はセシリアです」


 挨拶を終えると、アンバーの目が嬉しそうに細くなった。


「ベリル、セシリア、よろしくな!」


 『よろしくな!』と言われても、正直仲良くしたいとは思えない。相手は得体の知れない空賊なのだから。何より、目的がはっきりとしない。

 とてもじゃないけれど「よろしくお願いします」とは言えず、セシリアと二人で無言を貫いた。

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