第2話 幽閉Ⅱ


 ところが、今は状況が違う。屋敷では常に親衛隊が見張っていたけれど、今目の前に居るのはセシリアだけだ。誰も教えてくれないのなら、自ら調べに行くまで。幸いにも、ドアの鍵は閉められていない。

 セシリアを押し退け、ドアの近くに置いてあったランプを手にし、地上へと続いているであろう螺旋階段へと飛び出していた。


「ベリル様!」


 上から声が降ってくる。そんなもの、構うものか。

 私が逃亡した事をいつ騎士たちに知られてしまうか分からない。ランプの明かりを頼りに、螺旋階段を走り降りる。ただひたすら、がむしゃらに。

 しばらくすると、私が渡ってきた渡し橋のある場所へと辿り着いた。しかし、それを遮る扉が頑丈に閉められている。体当たりをしてみたりしたけれど、扉は全く開きそうにない。この状況から察するに、渡し橋も上へと上がってしまっているだろう。

 念のために扉に耳を当ててみると、木が軋むような嫌な音が聞こえてきたのだ。渡し橋が塔へと繋がり、騎士が押し寄せてくるのは時間の問題だ。

 急がなくては。と、勢いを増して階段を駆け降りる。

 すると。


「何だろう、此処……」


 部屋らしき場所へと通じる小さなドアを発見したのだ。恐る恐るノブを回すと、蝶番が軋む音と共にドアが開いた。身を隠すには丁度良い場所かもしれない。

 ドキドキしながらも、部屋の中へと足を踏み入れる。なるべく音がしないように、慎重にドアを閉めた。その瞬間。


「わあ……」


 果てしなく遠い天井から吊るされた古めかしいシャンデリアに火が灯る。ぼんやりと部屋が明かりに照らされた。でも、壁に飾られた無数の絵画に目をやると、あまりの不気味さに血の気が引いていく。何故なら、同じ顔、顔、顔──髪型や服装は皆違うけれど、私とそっくりな顔の肖像画が並んでいるのだ。よく見てみれば、緑色の瞳に、額には緑色で雫の形をした石──魔導石が描かれている。全て魔導師である証拠だ。

 恐ろしくて、一歩一歩後後退る。と、その時。


「きゃっ!」


 一枚の絵画に背中から激突してしまった。衝撃で、その絵画は床に落ちてしまったらしい。木のような物と床がぶつかる音がしたから。

 振り返り、しゃがみ込んで恐る恐るその絵画を持ち上げてみる。額縁の中には正面を向いて、飛び切りの笑顔を浮かべた人物──右下には、カノン・デュ・エメラルド──悪を倒した英雄と呼ばれる魔導師の名が刻まれていた。

 この人がカノンなのか。私と同じ顔をしたこの人が。と思いながら、元あった場所へと飾り直す。その横には憂いを帯びた横顔を向ける人物──カノンと同じように、右下にはミユ・デュ・エメラルドと記されている。手紙を見てからも思ったのだけれど、ミユが本当に実在していたなんて。実在していなければ、手紙も、こんな肖像画も無いだろう。

 他にも、エリー、ソフィ、ティナ──様々な名前が記されている。

 嫌だ。気持ち悪い。こんな場所、早く抜け出したい。一目散にドアへと近付き、ノブを握り締める。

 ところが、ドアは開く事は無かった。部屋の外から数人分どころではなく、大人数が階段を駆け降りる音が響いてきたのだ。

 このまま部屋を出てしまえば、騎士たちに捕まってしまうに決まっている。どうしよう。と考えている間にも、足音は迫り来る。

 そして、遂に。


「ベリル様! そこにいらっしゃるのは分かっています! 素直に出てきて下さい!」


「……嫌っ!」


 ドアを殴り付ける音に思わず叫んでしまった。まずい。と咄嗟に口に両手を当ててみたものの、後の祭りだ。一層、ドアを叩く音が激しくなる。


「いつまでその部屋に留まっているおつもりですか! 逃走などお考えになりませんようにと言いましたよね!?」


 首を横に振り、尚もドアから後退する。手で両耳を塞いで。

 それも長くは続かなかった。「突入だ!」と言う叫び声を合図にドアは開け放たれた。険しい顔をした騎士たちが並ぶ。


「嫌……来ないで!」


 と言っても、聞き入れてくれる筈が無かった。先頭に居るリーダーらしき人が大きく片手を振ると、その脇に従えていた二人がずんずんと私に近付いてくる。そのまま両腕を掴まれてしまった。とても力強く、痛いくらいだ。顔をしかめる。


「放して!」


「お前たち、ベリル様をお連れしろ」


「はっ!」


 腕を振り回してみたり、足をばたつかせてみたけれど効果は無かった。抵抗も虚しく、身体は暗い螺旋階段へと向かう。もう、こうなっては何をしても無駄だろう。

 抵抗しない事が分かったのだろうか。部屋を出ると、騎士にお姫様抱っこをされてしまった。階段は人一人が通れる程の幅しか無いから仕方ないのだけれど。

 会話は全く無く、元居た自室へと戻されてしまった。部屋のドアを開けると、騎士は私をそっと床に降ろす。そこには不安げな表情を浮かべたセシリアが居た。すると。


「お前、一体何をしていた!」


「きゃあっ!」


 何と、リーダーらしき騎士がセシリアの左頬を平手打ちしたのだ。衝撃でセシリアは宙を舞い、床へと叩き付けられる。

 何故セシリアを殴る必要があるのだろう。悪いのは私なのに。

 怒りで我を忘れ、咄嗟に騎士とセシリアの間に割って入っていた。両手を左右に広げる。


「どうしてセシリアを殴るの!? 殴るなら、私を殴れば良いのに!」


「ベリル様を殴る訳にはいきません。ベリル様が部屋を抜け出したのはそいつに責任があります」


「そんな……!」


 両手で拳を作り、猛攻撃をしてみる。ところが、騎士たちは気にも留めていないらしい。無表情で「撤退だ!」と言い放つと、勢い良くドアは閉められた。

 慌ててセシリアの元へと駆け寄り、背中へ腕を回す。


「ごめんね、セシリア! 私のせいで……!」


 罪悪感で涙が溢れそうだ。そんな私に、セシリアは首を横に振って微笑みをみせる。


「ベリル様が謝る必要はありません。落ち度は私にありますから」


「でも……!」


 私は納得出来ない。これではあまりにも理不尽ではないか。それでもセシリアは首を横に振る。


「……私は夕食の準備をして参ります。少しだけお待ち下さい」


 それだけを言うとゆっくりと立ち上がり、部屋を出ていってしまった。勿論、ドアには鍵を掛けて。

 窓の外を見てみるとすっかり日は暮れていた。いつの間に、そんなに時間が経過してしまったのだろう。「はぁ……」と溜め息を吐き、ソファーに座り直した。

 セシリアに対する罪悪感が消えた訳ではない。それでも、先程見てしまったモノが頭の中を支配している。

 同じ顔をした肖像画ばかりが並ぶ不気味な部屋、あれは誰かが実際に見た魔導師を描いて飾ったに違いない。それにしても、何代にも渡る魔導師を描き続けるなんて。一体、誰が。それに、幻の魔導師であるミユを名乗る人物からの手紙──どう言う事なのだろう。

 考えても思考が纏まる筈も無い。気分転換をしようと立ち上がり、おもむろにバルコニーへと足を運んだ。窓を開け放ち、一歩外へと踏み出す。途端に夜風が私を優しく撫でた。空を見上げてみれば無数に輝く星々が、下を見下ろせば赤い屋根が所狭しと並び、民家から淡い灯りが漏れだしている。

 エメラルド王国がこんなにも美しい街だったなんて。もっと都会なイメージがあったから、少し意外だ。

 「ふぅ……」と息を吐き出し、今一度夜空を見上げてみる。家族はどうしているだろう。もしかすると、厄介払いが出来て内心ほっとしているのかもしれない。でも、騎士たちが押し寄せてきた時の両親の必死な様子を思い出すと──胸が痛んで仕方が無い。

 溢れそうな涙を何とか堪え、深呼吸をする。と同時に、ドアが開く。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 振り返って見てみると、料理を手にしてお辞儀をするセシリアが居た。


「全然待ってないよ。ありがとう」


 慌ててバルコニーから降りるとセシリアは顔を上げ、ニッコリと笑う。


「料理はテーブルに置いていきますね」


 言うとセシリアは料理をトレーから出してテーブルに並べ、早々に部屋を出ていってしまった。一人で食事を摂るのは、もしかすると初めてかもしれない。何だかんだ言いながら、食事の時は家族全員が揃っていたから。ちょっとだけ寂しい。

 椅子に座り、料理を眺めてみる。今夜の夕食はシーフードドリアにオムレツ、野菜サラダにチョコレートケーキだ。自宅の料理と比べると質素に感じてしまう。しかし、文句は言えないだろう。

 シルバーを手にし、まずドリアに手を伸ばす。思っていたよりも美味しい。もしかして、これはセシリアの手料理なのだろうか。味わって食べよう。火傷しないように気を付けて、もう一口頬張る。

 これからは退屈な日々が続くのだろう、永遠に。

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