裏切者たちの子守唄【第三部】
ナナミヤ
第1章 幽閉
第1話 幽閉Ⅰ
エメラルド城から塔へと続く渡し橋の入口に立った。一陣の風が吹き、腰まであり胸の辺りでリボンで束ねている焦げ茶の髪を、緑色のドレスを靡かせる。私の前後はエメラルドの騎士が固めている。
「ベリル、下を見ないで下さい。進めなくなりますから」
この渡し橋を渡るには下を見ない訳にはいかない。生唾を飲み込み、慎重に歩を進めていく。
後ろから腕を掴まれながら、何とか渡りきる事が出来た。次に待っていたのは、光の差さない真っ暗な螺旋階段だ。ランプを頼りに上へと登っていく。石の壁に触れるとひんやりと冷たい。螺旋階段を更に不気味に感じさせる。
騎士たちとの会話は無く、黙々と階段を登り続けた。どれくらい登っただろう。息が切れ始めた頃、目的地は見えてきた。前に居た騎士が最上部に設けられたドアを開ける。
「これからは此処がベリル様のお部屋です。逃走など、お考えになりませんよう」
後ろに居た騎士が私の背中を力強く押す。つんのめって転んでしまった私を尻目に、騎士たちは続々と引き返してしまった。ドアに鍵を掛けて。
幽閉には慣れている。ただ、これからは家族と会えないだけで。
こんな事になってしまった原因である緑色と青色のオッドアイが憎くて仕方が無い。トラディアー──五百年前に魔導師を辞めた縁であり、裏切り者の印であるこの瞳が。
部屋は壁や床、天井は白で統一され、家具類は緑色を基調とされている。何だか懐かしい気持ちになるのは気のせいだろうか。
「ふぅ……」と溜め息を吐き、ベッドへと寝転がった。此処での生活はどれくらい続くのだろう。憂鬱になってきた頃、鍵が解除されてドアが開いた。
「ベリル様、私が貴女様のお世話をさせていただく事になりましたセシリアと申します。どうぞよろしくお願い致します」
ドアの前に佇む、私と同じくらいの年の女の人が頭を垂れる。慌ててベッドから起き上がり、一緒になって頭を下げていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします、セシリアさん」
「セシリアでよろしいです」
顔を上げたセシリアはメイド服を着用し、薄茶色の胸まである髪を耳に掻き上げる。微笑むその金色の円らな瞳は優しく細められていた。何故か、セシリアにも懐かしさを感じる。
早速、セシリアはクローゼットを漁り始めた。水色のシンプルなワンピースを取り出すと、私に突き付ける。
「ベリル様、これに着替えて下さい」
「此処から出さないため?」
「違います。ドレスのままでは窮屈ではありませんか?」
セシリアに悪意は無いらしい。確かに部屋に籠るのにドレスでは窮屈だ。
ワンピースを受け取り、セシリアに「後ろを向いてて」と頼んでドレスの紐を緩めた。一気に呼吸が楽になる。ワンピースに袖を通し、鏡の前で一回転してみる。これはこれで良いかもしれない。
「もう良いよ」
声を掛けると、セシリアがこちらに向き直った。手を合わせて笑顔を作る。
「ドレス姿のベリル様もよろしいですけれど、ワンピース姿のベリル様も素敵ですね」
「そうかなぁ」
誉められるのには慣れていない。何だか恥ずかしくて、熱くなる頬を庇うように両手を当てた。それもセシリアは大して気に止めていないようだ。
「私はこれで失礼致します。何かありましたら、こちらのベルを鳴らして下さい。すぐに駆けつけます」
セシリアは部屋の入口付近にあった小さな丸い台の上に黄金のベルを置く。深々とお辞儀をすると、部屋を出ていってしまった。
脱いだドレスもそのままに、ベッドに寝転がる。今日は疲れた。故郷からは空路でエメラルド城に入ったから、一日足らずで着いたのだけれど、大勢の騎士に囲まれたのは初めてだ。気疲れしてしまった。
今は何時くらいなのだろう。時計が無いから、正確には分からない。もうすぐ夕暮れだろうか。窓の外を見ようと視線を移す。と、視界の隅に机が映り込んだ。数冊のノートが置かれている。
何だろう。疲れよりも好奇心が勝り、足は机の方へと向いていた。
早速、ノートに手を伸ばそうとしたのだけれど。その上に四つ葉のクローバーで作られた指輪が乗っていたのだ。大きさから察するに、結婚指輪だろうか。それとも右手用のピンキーリングだろうか。何故、こんな所に、枯れずに残っているのだろう。疑問を持ちながらも、自分の左手の小指に指輪を嵌めてみた。サイズはぴったりだ。
窓に翳して眺めた後、指輪を外して机の隅に置いた。いよいよ目的であるノートを手に取る。パラパラとページを捲っていく。しかし。
「何、これ……」
訳の分からない、丸っぽい記号と複雑に線が組合わさった文字らしきものが書かれているだけなのだ。それが永遠と続いている。
最後のページまで見てみたものの、結局何が書かれているのか分からなかった。とその時、ノートからハラハラと紙が一枚落ちた。拾い上げて広げてみると、こちらはスティア語で書かれているようだ。好奇心いっぱいで文章を読んでいく。
────────
私の生まれ変わりである、数十年後の貴女へ
突然こんなノート見て、戸惑ってるよね。ごめんなさい。 これは私が住んでた国の言語──異世界の文字なの。私が異世界から召喚されてからの出来事が書かれてます。
……それより! 貴女に伝えたい事があります。どうか、スティアに争いが起こったなら、貴女の手で止めて下さい。貴女には三人の仲間が居ます。三人を探し出して、協力して、争いの無い世界を創って下さい。
仲間には絶対に逢える筈。信じて。
最後の地の魔導師
ミユ・デュ・エメラルド
────────
言葉を失ってしまった。好奇心の代わりに止めどない戸惑いが心を支配している。
ミユ・デュ・エメラルドとは、確か実在したかどうかも分からない、幻の魔導師だった筈だ。両親からしか教育を受けていない私でも、これくらいは知っている。私が彼女の生まれ変わりだなんて。信じられない。しかも、今は彼女が居たであろう時の数十年後ではなく、五百年後だ。
争いだって、世界に目を向けてみても起きてはいない筈だ。私が知らないだけかもしれないけれど。
分からない事だらけだ。誰かに聞かなければ納得出来ない。堪らずドアの方へと向かい、ベルを手にしていた。程無く軽い足音が部屋へと近付いてくる。
「ベリル様、お呼びでしょうか?」
声と共に、セシリアがドアから顔を覗かせる。
「これ、何の事か分かる?」
言いながら、幻の魔導師──ミユからの手紙を掲げた。セシリアは不思議そうな顔をして、部屋へと入ってくる。「失礼致します」と小さくお辞儀をすると、私の手から手紙を受け取った。まじまじとそれを見詰めると、段々とセシリアの眉間に皺が寄っていく。
「……私の口からは申し上げられません。王様から口止めされていますので」
「何、それ……」
皆そうだ。私が何かを尋ねても、両親も兄も「何も知らなくても良い」の一点張りだった。それだけではなく、屋敷に居たメイドも、親衛隊も。屋敷の外へ出た事も一度も無かった。
悔しくて、一人、唇を噛む。
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