第2話

それは理科室だった。



しげるは理科室に駆け込んだ。


そこにいたのは骨格標本だった。


女性の骨格標本だった。

その白い骨と整った肢体は、しげるにとってあまりにも眩しかった。


しげるは恋に落ちた。


あまりの美しさ、妖艶さ…そして惜しげもなく全裸なので、しげるはまともに骨格標本を見れなかった。


しげるの恋は始まった。


しげるは毎日、人の目を盗んでは骨格標本に会いに行った。


一度、死んだ母が残した服を着せてみた。

しげるはそのままにして帰ったため、「理科室のガイコツが服を着てる。しげる君の親戚か」と騒ぎになった。


しげるは傷つき、母の服を見つからないように片付けた。


意地悪な男子は「理科室の骨格標本は女の服を着てたらしいぜ、付き合っちゃえよ。しげる」とからかった。


だが、しげるは満更でもなかった。



しげるにとって、夢のような日々が続いた。

毎日学校へ行き、意中の人に会いに行く。

これだけでも日々胸が踊った。

目の前の景色は色鮮やかに、空気すらすがすがしく感じる。


しげるが理科室に入ると、いつも骨格標本は待っている。

風のある時などは少し動いたりもする。


しげるは時としてその手を取り、愛の言葉を囁いた。


だが…残酷なことに彼女は模型である。


しげるの愛に答える事はない。


しげるのときめく心は、次第に苦悩し始めた。


僕は愛を見つけた。

だが、その相手は人間ではなかった。


僕の愛に応えることもなければ、拒否することもない。

ただ沈黙するだけ…


これならいっそのこと、拒否された方がまだマシだ。



あの夜、しげるは理科室に忍込み、骨格標本の手を取り願った。



「お願いだ…一言でいい…僕になにか言ってくれ…」


しげるはうつむいて震えた。


もし、しげるに肉体があれば、悲痛な涙を流していただろう。


だが実際は、眼窩底骨の隙間から月光が漏れるだけだ。


骨格標本は何も答えない。


しげるは、黒魔術師の元へ向かった。




「骨格標本に魂を宿したい?」黒魔術師である老人がいった。


しげると二人、老人の工房で話をしている。


「それはできるとも。まず君の事を好きな女性を用意する。その子の魂を骨格標本に移せばいい」


「いえ、そうじゃないんです。それでは、僕の愛する人とは違う人になってしまう。それに、ガイコツの標本にされる相手が可愛そうです」

しげるはため息をつく。


「元々魂がないモノに、魂を生み出すのは不可能だ…」老人は気まずそうに言う。「あくまで他の魂を宿らせることしかできない」


「そうですか…」しげるは肩を落とした。



しげるは、魂が抜けたような日々を過ごした。


理科室の君には会いに行くのもやめてしまった。


会えば会うほど、叶わぬ恋が辛くなるからだ。


だが、本音は会いに行きたい。


しげるは毎日、教室から窓の外を見てため息をついていた。


校庭で男子が女子に話しかける。


当たり前に会話をする。


相手が返事をする、つまり、相手は魂がある。


なんと素敵なことだろう。


理科室の彼女は決して返事をすることはない。

永遠に。


しげるの心は限界だった。


そう。叶わぬ恋なら、いっそのこと忘れてしまった方がまだいい。


だが…どうせ彼女が物言わぬなら…

僕は彼女のそばに居たい。

永遠に…。



それから数週間後、しげるは黒魔術師である老人のもとへやってきた。


老人は悲しげな顔をして、涙を流した。

「すまん…わしが君をそそのかしたせいだ」


「いいえ違います。あなたのおかげで、僕は愛すること、恋をすることの尊さを知りました」

しげるは言う。


老人は沈痛な面持ちで確認した。

「心変わりはないかい?本当にいいんじゃな?」


しげるは静かに答える

「はい。僕を成仏させてください」


老人はまた一滴涙を流した。

「学校とは話はついとるかね」


「ええ。学校にも話をして、警察や法務省も了承してくれました。」しげるは下を向いた。「学校のみんなも、涙を流して別れを惜しんでくれました。心が揺らぎました。だが、やはり僕はここにいてはいけないのです」


「愛の力か…」老人は言った。「また君に会えなくなるのか。寂しくなるな」


「いいえ。僕はいつでもあそこにいます。それに、魂は天に昇り、あなたを待っています」


しげるは微笑む。


ガイコツの微笑みは、誰にもわからない。


「しげるくん、さようなら」老人は言った。


「ありがとう、さようなら師匠」しげるは答えた。


老人は魔方陣を描き始めた。





長い年月が経った。


Y県のS高校の理科室には、二体の骨格標本がある。


一体は女性で、つるりときれいな標本だ。

もう一体は男性で、肌色にくすみ、質感は本物のようである。


男性の方は本物の人骨だと、この学校ではいつからか噂が流れ七不思議だと面白がられている。


その男性の骨格標本は、吊り糸の調子が悪く…時として首を傾げ、体を持たれるように傾く。


それはちょうど、隣にいる女性の骨格標本に寄り添うようだった。

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ガイコツ高校生の恋 差掛篤 @sasikake

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