第9話 便りⅡ
青色の羽根ペンの先を黒インクに浸し、思いを綴っていく。
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フレアへ
フレア、手紙ありがとう! 手紙だけでも話せて凄く嬉しいよ~! もう話せると思ってなかったから。
アレクと結婚出来たんだね! クラウから話は聞いてたけど、手紙でも確認出来たから嬉しい! ホントに良かったよ~。
私たちは八ヶ月間、離れて暮らす事になっちゃった。私、貴族としての知識と教養を勉強しなさいってクラウのご両親に言われちゃって。週に一回は会えるんだけどね。
でも、私、寂しいけど頑張ってみせる。八ヶ月間乗り切れば、クラウとずっと一緒に暮らせるんだもん。
たまにこうして手紙書いても良いかな? ダメって言われても書いちゃうけど……。
私もフレアとアレクがずっと幸せに暮らせるように祈ってるよ。
ミエラ・アークライト
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この様な感じで良いだろう。返事が楽しみだ。
ベルを鳴らし、ルーナを呼んだ。穏やかに現れたルーナは、何やら見慣れない小さな赤色の棒と蝋燭等を持っている。
「それ、何~?」
「封蝋ですよ。ミエラ嬢、知りませんでした?」
問に、小さく頷いてみせる。
「ミエラ嬢、あまりお手紙書かないんですね。封書には必須ですよ!」
「そうなんだ~」
言って少し後悔した。ルーナに変に思われなかっただろうか。
ところが心配は無用だったようだ。ルーナはにっこりと笑い、便箋を封筒に入れる私に話しかけてきた。
「使い方をご説明しますね」
ルーナは蝋燭をテーブルに置くと、そこに火を灯す。便箋の入った封筒もテーブルに置くと、赤色の棒を封筒に翳した。それに蝋燭の火を近付けると、棒の先端は溶け出して封筒の蓋の境目にポタポタと落ちる。
「これで固まる前にスタンプを落として下さい」
「スタンプ?」
「これです」
差し出された木箱を開けると、ゴールドの丸い物が沢山入っていた。蝋はすぐ固まってしまうだろうから、迷っている時間は無い。無造作に一つ取り出すと、蝋の上に落とした。
固まった頃を見計らってスタンプ台を取ってみると、一枚の羽根がそこに舞っていた。
出来たての封書を取り上げ、ルーナに渡す。
「これ、ブラストン伯爵夫人にお願いね」
「かしこまりました」
ルーナはお辞儀をすると、スタスタと部屋から出ていってしまった。
また部屋に一人きりだ。する事も無いし、どうしよう。
ソファーから立ち上がり、窓辺へと近付いてみた。まだ粉雪が止む事は無い。
窓から見える景色は裏庭だろうか。左側半分は針葉樹に覆われ、右側半分はだだっ広い空間が広がるばかりだ。
空へと目を向けると、薄暗い雲に覆われていた。雪が降っているから、それもそうか。
暫く空を眺めてはみたものの、やはり暇だ。する事が何も無い。
そうだ。別邸の中を探検してみよう。部屋の中から出てはいけないとは言われていないから。
ルーナに許可を取る事も無く、部屋の扉を押し開けた。廊下はしんと静まり返っている。
部屋よりも少し冷える廊下を進む。
花や風景の絵画が飾られているのを見つけ、じっと眺めたりもした。やはり地球では見た事の無い花だし、風景でもある。それでいて何処か懐かしさもある、不思議な感じだ。
エントランスまで降りると、流石にメイドたちに出会した。咎められる事も、部屋へ戻るように促される事も無く、私を見てお辞儀をし、すれ違っていった。
此処では私も自由に振舞って良いらしい。
階段の傍にある、両方で四メートルはあろうかと言う扉の向こうから、何やら談笑が聞こえる。音を立てないように隙間を開け、片目で覗いてみる。
「でさ、セドリックったら花束まで買ってきちゃって。サプライズのつもりだったらしいけどバレバレなの!」
「ふふっ。でも、彼らしいわね」
「勿論嬉しいけどさ、もうちょっとなんとかなんないのかなーって」
「不器用で良いじゃない」
キャサリンとヒルダだった。
セドリックとは誰だろう。気になって、つい前のめりになってしまう。とその時、扉が軋み、嫌な音が響いた。
「……あ」
私たち三人の声が重なる。
無かった事にしようと、慌てて扉から飛び退いた。
「……ちょっと、ミエラ! 来たんなら入って来れば良いのに!」
「怒らないから。大丈夫ですよ」
扉の向こうから、くぐもった声が聞こえる。
本当に大丈夫だろうか。疑心暗鬼になりながらも、扉を押し開けてしっかりとキャサリン、ヒルダと対峙した。二人は笑いながら手招きをする。
「ミエラも此処座って? 私の話聞いてよ!」
ヒルダは空いている隣の席をぽふぽふと叩くので、頷き、隣へと急いだ。
「お姉様、セドリックって?」
「あっ、それ、私の旦那! 無口で不器用で、でも憎めない人なの」
「サファイアの結婚生活がどのようなものか、聞くのも良いと思いますよ」
「あ、それもそうだね」
キャサリンとヒルダが楽しそうに「ふふっ」と笑うので、私もつられて笑っていた。
「旦那のご両親が亡くなってるから私たちは本邸に住んでるんだけど、ミエラたちは此処に住む事になると思う」
「此処に?」
「そうだよ。私も結婚して家を離れたし、クローディオも独り立ちして此処に住んでさ。お父様とお母様もそろそろ二人きりになりたい歳でしょ」
「もう、ヒルダったら」
キャサリンも満更でも無いようだ。ほんのりと頬を紅色に染め、照れ笑いをする。
「ミエラにとっても此処に住むのは良い事だと思うの。舅姑が居たんじゃ気を使っちゃうでしょ?」
言われてみると、確かにそうだ。私のこの性格では伸び伸びとは暮らせない気がする。
後、先程の話で一つ気になっていた事がある。
「サファイアにもお花屋さんがあるんですか?」
「勿論だよ! 女王様の温室でしか育たない、貴重な花だけどね」
女王の温室があるなんて初めて聞いた。私たちは魔法を捨ててしまったけれど、やはり魔法は凄いと思う。
感心していると、メイドの一人が近付いてきた。私たちに一礼し、口を開く。
「お食事のお時間です」
「そう。じゃあ、三人分、此処に持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
程なく料理が運ばれてきて、昼食会が開始された。
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