第4章 便り

第8話 便りⅠ


 コートを脱ぎ、キャサリンとヒルダの後に続く。ルーナは三人分のコートを持っているのに、落とす事も無く、私の後ろに付いた。

 別邸は本邸とは違って明るい印象だ。白い壁に白い床、紺色のカーペット、本邸の半分程の大きさのシャンデリア──本邸よりも小さいとは言っても、豪華過ぎる程だ。

 エントランスに伸びる階段を上がり、廊下を奥へと進んでいく。その最奥にある、二階で二番目に大きな白色の扉をキャサリンは押し開いた。


「此処が貴女の部屋です。自由に使って」


 そこは本邸で使った自室と同じくらいの大きさの部屋だった。やはり一面窓の外側に、下半分は木目調、上半分は白色の壁、廊下と同じく紺色のカーペット、白色でダマスク模様の天井、淡いピンク色のロココ調の調度品──なんとも豪華で可愛らしい部屋だ。


「警戒しなくても大丈夫! 寛いじゃって! って言っても、私たちが座らないとミエラも座りづらいか」


 キョロキョロと部屋の中を窺っていると、ヒルダは「あはは」と声を出して笑う。

 ヒルダはキャサリンの背中を押しながらソファーへ近付くと、ドサリと腰を下ろした。それに習って私も対角に座ってみる。フカフカで気持ちが良い。


「じゃあ、これからの話をしますね」


「はい」


 にこやかに微笑むキャサリンに、何とか心を落ち着けようと試みる。


「今日は午後からヒルダに教育の内容を話してもらいます。それから後は此処でゆっくりして貰って構いません。明日からはサファイアの貴族の家庭教師を付けます」


「分かりました」


「午後までは私もリビングで寛がせて貰いますね。何かあったら呼んで頂戴」


「はい」


 言うと、キャサリンは立ち上がり、ヒルダに呆れ顔を向けた。


「ヒルダ、何時までそこに居るの? 行きますよ?」


「えっ!? 早くない?」


「早くありません」


 ピシャリと言い放つキャサリンに、ヒルダも嫌々立ち上がる。


「ミエラ、また後でね!」


「ミエラに飲み物を」


「かしこまりました」


 手を振るヒルダに、ルーナに囁くキャサリン、お辞儀をするルーナの順で目で追い、部屋から出て行く三人を見送った。


「ふぅ……」


 リラックスした状態で一人きりになれるのは久し振りな気がする。「う〜ん……」と伸びをして、外を眺めてみる。

 粉雪が静かに、ちらちらと降っている。その寒さを感じさせない程、部屋は温かい。

 針葉樹が所々にある雪だらけの庭を見ながらぼんやりとしていると、程なくルーナが戻ってきた。


「お嬢様、紅茶をご用意しました」


 小さな高い音を立てて置かれるティーカップを見ながら、お礼を言うのを我慢する。


「それと」


 言うと、ルーナはピンク色の封書をすっと差し出す。


「トパーズのブラストン伯爵夫人からお手紙です」


「ブラストン伯爵夫人?」


「はい」


 聞いた事の無い名前だ。一体誰だろう。

 訝りながらも封書を受け取った。ルーナが出ていくのもあまり確認せず、赤色の封蝋を丁寧に剥がす。

 白色の便箋には心の篭った文章が綴られていた。


────────────────


ミユへ


 ミユがこの手紙を読んでるって言う事は、無事にクラウと会ってサファイアに到着出来たんだよね。

 そっちはどう? 雪が多くて、寒くてビックリしてるでしょ。ゆっくり出来てるかな。


 あたしはアレクと二人で元気でトパーズで暮らしてるよ。あたしたちも魔導師になった十八歳に戻ってきたんだけど、アレクったらあたしが十八歳になって直ぐにガーネットまで迎えに来てくれてビックリしちゃった。


 あたしたちは難なく結婚出来たけど、ミユたちはきっと大変だよね。だってクラウったら公爵家の出身なんだもん。スティア生まれのあたしでも臆しちゃう。

 でも、二人なら大丈夫だよね。そうに決まってる。

 二人の結婚報告、楽しみにしてるね。

 またね。次はアレクにもちゃんと書かせるよ。


フローリア・ウィンスレットより


──────────


「フローリア……」


 フローリアとはフレアの本名、ウィンスレットはアレクの苗字だった筈だ。──本当に結婚出来たんだ。


「フレア……!」


 懐かしくて、嬉しくて手紙を抱き締めた。何だか胸が一気に温かくなる。


「良かった……」


 それと同時に少し寂しくなってしまう。もうアレクとフレアに会う事は無いだろうから。

 複雑な感情を抱き、細い息を吐いてみる。

 二人は今、何をしているのだろう。笑顔で仲睦まじくしているのだろうか。

 そうであって欲しい。想像しながら私も笑顔になる。

 初めてティーカップに角砂糖を一つ落とし、スプーンで掻き混ぜた。角砂糖は直ぐに解れ、溶けていく。

 充分に掻き混ぜると、カップを口に運んだ。甘くて優しい香りが脳内を満たしていく。

 そうだ、私も返事を書こう。外国に文通友達がいるなんて、とても素敵ではないか。

 ティーカップの傍に置かれていたゴールドの小さなベルに手を伸ばし、何度か振ってみる。それ程待たずに想像していた人物は現れた。


「お嬢様、お呼びですか?」


「あのね? 紙とペンが欲しいの」


「かしこまりました」


 ルーナはぺこりとお辞儀をし、すぐさま踵を返す。

 一分も経たないで戻ってきたルーナからそれらを受け取り、「う〜ん……」と唸ってみる。

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