第6話 年下の愛人

「いらっしゃい!ルクレツィアさん!」


 なんとか無事に、フェラーラ枢機卿の屋敷に着いた。

 昨日来たと時は夜だったけど、昼間の明るい時に見ると、とても立派な屋敷だ。真ん中に大きな中庭があって、その周囲に台所や食堂や客室があった。 


「綺麗なお家ですね……」

「そう?スフォルツァ大教皇のお屋敷のほうが綺麗よ」


 ファルネーゼさんの部屋へ通された。

 唐草模様のふかふかの絨毯に、白く輝く陶磁器のティーセット。

 部屋の中にあるものはどれも高級そうだ。田舎貴族の娘の私は、怖くて触れられない。


「あの方は?」

 鎧をつけた騎士が、窓の外を見ていた。

「彼は……私の愛人のクラウスよ」

「あ、愛人?」

「ルクレツィアさんに、紹介しようと思って」

 意味がわからなかった。どうして私に愛人を紹介しようと思ったのか。

 唖然としてしまった私。

「クラウス、こちらはルクレツィアさん。大教皇の影の花嫁よ」

「はじめまして。ルクレツィア様。手にキスをしても?」 


 歳は17くらいだろうか。あどけない笑顔が可愛い。吸い込まれそうな翠のような瞳と、さらさらしたブラウンの髪。

 愛人はちょっと躊躇するけど、こんな美しい騎士が側にいたら、毎日楽しいだろうなとは思う。

 それに比べて、うちの騎士のミケロットさんは無愛想で可愛げがまったくない。

 この子の可愛さの100分の1でいいから、分けあげてほしい。


「奥様、私は外で待ってます……」

 ミケロットさんが出て行こうとすると、

「ミケロットさんも一緒にお話しましょう。おいしいクッキーもありますから」

「クッキー……ですか?」

 クッキーに反応した。

 もしかして、甘いもの好きなの?

「……何が起こるかわかりませんから、今日は奥様のそばにいさせてもらいます」

 ミケロットさんが私の隣に座った。


 4人でテーブルを囲み、紅茶とクッキーとお喋りを楽しんだ。

 ファルネーゼさんは聞き上手で、本当に何でもこの人に話してしまう。

 最初に会った時は暗い話をしていたけど、根は明るい人なのかもしれない。


「ルクレツィアさんも、愛人を作ればいいのに」

 突然の爆弾発言。

 私は紅茶をこぼしそうになった。

「いや、私は愛人はちょっと……」

「クラウスはどう?私、友達と愛人をシェアしてみたかったの」

「ルクレツィアさんの愛人になれるならぜひ」

 クラウスさんも乗り気だ。

「待って待って!愛人のシェアとか無理ですから!」

「じゃあ、ミケロットさんはどうなの?」

「いやいや、そういう問題じゃなくて……」

「それは不可能です。もし奥様に手を出せば、旦那様から殺すと言われています」

 ロドリーゴがそんなこと言ってたなんて……

「ふーん……愛されているんだね。ルクレツィアさんは」

 ファルネーゼさんは悲しげな顔した。

「フェラーラ枢機卿もいい人じゃないですか。優しいし、とってもお金持ちだし」


 それは嘘だ。ローヴェレ枢機卿に毒を盛ったのはフェラーラ枢機卿だ。

 人を毒殺しようとする人が、いい人なわけない。

 でも、どうしても他に言いようがなかった。


「今日もあの人は愛人の家に行っているのよ。私なんて殺されても、あの人は悲しまないでしょうね」

「大丈夫だよ。ファルネーゼ。君には僕がいるよ」

 クラウスさんはクッキーを咥えて、ファルネーゼさんに口移しでクッキーを食べさせた。

「おいしいわ……」 


 目の前で堂々といちゃつかれた。

 もしかして、年下の男の子とイチャイチャする様を私に見せつけてたかったのかな? 


「昼間からお盛んですな」

 ミケロットさんが私に耳打ちした。

「そうねえ……何考えているだろう?」


 私は愛人にはまったく興味がなかった。

 いや、正直に言おう。私は旦那様1人だけにきちんと愛されたい。

 私は知らず知らずのうちに、ファルネーゼさんを嫉妬させるようなことをしていたのかもしれなかった。 


「……つまらないわね。もういいわ。クラウス、今日は帰って」

 ファルネーゼさんは、ドンっとクラウスさん軽く突き飛ばした。

「そんな!もう少しだけ一緒に……」

「もう帰って!早くしないと、あなたのこと嫌いになりそう」

「なんだよ……」

 不満げな顔して、クラウスさんは部屋を出て行った。


「ごめんね!気を取り直して、楽しいお話しましょう!」

 ファルネーゼさんは大げさに笑った。 


 よくわからないけど、目の前で愛人といちゃつかれないだけマシか。


「昨日言ってたことですけど……影の花嫁になって失くした何かって……」

「あーその話?もっと面白い話しない?」


 空気を読めていないのはわかるけど、どうしても聞きたいことだった。


「ごめんなさい……でも気になって」

「仕方ないな。それはね——」


_________________________________________

【★あとがき】


モチベになりますので、


よろしければフォローや星をいただけますと嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大教皇の影の花嫁。どうせ影ですからね。私はいないものと思ってください。 水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴 @saikyojoker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ