第4話 スフォルツァ家の野望

屋敷に着いて、1階の食堂にロドリーゴ、フアン、私の3人が集まった。

 黄金の燭台に火を灯し、私たちは話し合うことにした。


「さっきの男は何ですか?」

「さあ……わからないなー」

 フアンさんは、やれやれと肩をすくめてた。

「真面目にお願いします!」

 私は机を叩いた。 


 いつになく、私は真剣だった。

 影と言え、私は妻なんだ。自分が嫁いだスフォルツァ家にどんな危険があるのか、知っておきたかった。

 基本、好きにさせてもらいたいけど、何も知らずに暗殺されるのだけはごめんだ。


「……異端者ですよ。ヤン=ルター派と呼ばれています。我々教会の敵です。奴らは教会を公然と非難し、大教皇は悪魔の使いであると主張しています」

 ロドリーゴはため息をついた。

「我々スフォルツァ家の人間が、大教皇になったのも奴らは気に入らないのです。我々はここではよそ者ですから」


 スフォルツァ家は、大教皇領のあるロムレスの貴族ではない。隣国のレムス出身の貴族だ。だからロムレスの市民から嫌われていた。


「もうひとつ、毒を盛ったのは……その――」

「私が毒を盛りました」

「え……」

 私の顔から血の気が引いた。

「ふふふ。嘘ですよ」

「はははは!」

 ロドリーゴとフアンさんは笑った。

「もう!からかわないでください!」

「ははは。兄さん、自分の妻から毒を盛る男だと思われていたのか。こりゃひどいぜ」

「まあまあ、疑うのも無理はないですね。たしかにローヴェレ枢機卿が消えれば得をするのは私です。ローヴェレ枢機卿はスフォルツァ家を目の敵にしてますし。状況を考えれば、私が犯人だと誰もが思うでしょう」

「いや、その、疑っていたわけじゃないんですけど……」

「いいんです。悪人にされるのには慣れています」

「じゃあ、毒は盛っていないんですね?」

「神に誓って、何もしていません」

 私はロドリーゴの顔を覗き込んだ。嘘を吐いているようには見えない。

 とりあえず、信じても大丈夫……かな?

「それにしても……誰がいったい毒を盛ったんだろう?」

「おそらく、フェラーラ枢機卿だろう」

「え?」

「なぜだ?兄さん」

「フェラーラ枢機卿は、先の大教皇選挙ではローヴェレ枢機卿に投票したが、見返りの約束を反故にされたらしい。だからローヴェレ枢機卿を毒殺し、その派閥の後釜に収まろうという腹だ」

「どこでそれを?」

「フェラーラ家の使用人の中に、スパイを潜り込ませた」

「すげえ!さすが兄さんだ!」

 フアンさんがロドリーゴの肩を抱いた。 


 すごい殺伐とした世界だなあ……。

 田舎貴族でのほほんと生きてきた私には、ついて行けないことばかりだ。


「……スフォルツァ家には、野望があります」

 野望って……まさか世界征服とか?

「私たち兄弟は、父上から言われました。自分の王国を作れと。大教皇の座を世襲することができません。しかし国王になれば、富と権力を子々孫々へ受け継ぐことができます」

「だから私を娶ったんですね。力を受け継ぐ者を産むために」

「正直言えば……そうです」

「早く子どもを産めと」

「いや、そういうわけでは……」

 ロドリーゴは言葉を濁した。

「いいんです。私に求めることがあれば、はっきり言ってください」

「……私と恋をしましょう」

「は?」

 恋……今の私に最も似合わない言葉だ。

「大教皇になるまで、あまりにも忙しくてね。まともに恋をしてる時間がありませんでした。だから私と恋をしてください」

「それって……何をすれば……」

「今日はもう遅いですから。寝室へ案内しますね」

 ロドリーゴが私の手を握った。


 ◇◇◇


「一緒に寝るんですか……」

「夫婦ですからね」


 目の前に、立派なダブルベッドがある。

 寝るときは別々の部屋で寝ると思っていたけど、そんなわけないか……。

 こちらは妻だと公には名乗れないのに、夜も妻の務めを果たせというのか。

 不公平すぎる……。


「安心してください。今日は何もしませんので」

 ロドリーゴが微笑んだ。

 今日は……か。なら、明日以降は何かあるってことなの?

「寝ましょう」

「はい……」

 私はベッドに入った。


 ロドリーゴがランプの灯りを吹き消す。

 ガチガチに緊張する私。

 今日は何もしない、と言われても、やはり隣で寝てると意識してしまう。

 どうしよう。今日は寝れないかも……。

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