うれしい登校   

「彩佳、今朝の新聞見た? この新聞」

 朝登校して教室に入るなりそう聞かれた尾瀬は、昨日記者に話したことがさっそく記事になったのだろうと思った。

「記者にはいろんな視点の人がいるのよ。あることないこと書く記者だけじゃないの」

「そうだけど、これはまずいでしょう……」

「?」

 新聞の一面に「中村市中学2年生いじめ自殺事件、遺書で名指しされていた同じクラスの女子生徒Oさんへのインタビューに成功!」というタイトルのもと、「いじめを見て笑いがこみあげてきた」、「ざまぁみろ」、「死んでいいよ」といった、尾瀬の語った言葉が大きな文字で書かれていた。そして野球部のいじめは内容が誇張され、野球部顧問の杉町への説教は、顧問が悪者と感じるような悪意ある改変がなされていた。しかし杉町の悪態や毒舌については一切書かれていなかった。

「同じクラスの女子生徒Oさんって、このクラスの女で苗字がOになるのって、尾瀬だけだよな」

「なんでスポーツ紙の記者のインタビューなんて受けるのよ」

「だってフリーの記者で真実を書きたいって」

「フリーの記者って記事を新聞社に売らなきゃいけないから、大手の新聞記者よりもっとエグイこと書くんじゃないの?」

「尾瀬、ちょっと」 

 担任に呼ばれた尾瀬は、校長室へ向かった。

「尾瀬君だね? 君がスポーツ新聞の記者に語った内容は、全国放送の報道番組やワイドショーでも紹介されていた。間違いなく学校が危険なことになる。警察に頼んで今日から学校を警備してもらってるけど、君はとくに危険だ。今日は一日空き教室で勉強しなさい」

「あの、校長先生、あの記事は……」

「校長先生、教育委員会からお電話です」 

 尾瀬が話しかけようとしたが、職員に電話応対を頼まれた校長は受話器を取って話しはじめた。校長は杉町の一件で疲れ切っている様子であった。

「ホームルームでマスコミと話すなと言ったろ。やつらは執念深いヘビだ。どんな手段を使ってでも得物に食らいつこうとする。ここはずっと使ってない教室だから変な細工もされてないと思う。2年2組の教室で話してると、マスコミに話しが筒抜けなんじゃないかって不安になってくる。1時間目は社会だから、社会の自習をしていろ。あとで担当の先生が見に来るから」

 そう言うと、担任は空き教室を後にした。

 同じクラスの女子生徒のO、つまり尾瀬彩佳は、心優しく、クラスの中心人物だった杉町亮がいじめられているのを見て笑い転げる最低最悪のクライメイト、極悪人……。私の身元が特定されたら大変なことになる。家族は大丈夫だろうか。嫌がらせに遭わないだろうか。

 尾瀬はあれこれ考えるばかりで、数十分たっても机の上には何も置かれていなかった。

「コン! コン! コン!」

 校庭側の窓を叩く音が聞こえてきた。窓の外に男が立ってていた。

「はっ!」

「ここを開けて! 警察の者です!」

 尾瀬が窓を開けると、20代くらいの若い警察官が入ってきた。

「学校から通報があって、警備を要請されたんだ」

「あ、校長先生がおっしゃってました。校門のあたりに何人かお巡りさんがいるのも見かけました」

「君が、尾瀬さん?」

 若い警官は名札を見て言った。

「あ、はい。校長先生が手配してくださったんですね。安心しました」

 若い警察官はニコッと笑った。

「……けど、あのお巡りさん。なんで外にいるお巡りさんと制服が違うんですか? 制服に警察のマークも何も書かれていないみたいですし」

 若い警官は、不思議がっている尾瀬をじっと見つめながら、持っていたバッグのなかに手を入れた。バッグの中の鉄パイプを握る手は、汗ばんでいた。   

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