帰り道  

「君、神山中学の子?」

 大木の家からの帰り道、自身の家が神山中学に近いことを忘れていた尾瀬は、また変な記者が現れたと思い、下を向いて足早に通り過ぎようとした。

「ちょ、ちょっと待って! 僕は事件の真相を知りたいだけなんだ。マスコミって態度悪いし都合のいいことしか書かないって思ってるんでしょ? けどそういうやつばかりじゃないんだ。僕みたいにどこにも所属してないフリーの記者は、自分自身の視点から何でも書ける」

 その言葉を聞くと、尾瀬の目から涙があふれてきた。

「私が悪いんじゃありません。杉町君って、人の悪口言ったり、ひどいあだ名を付けたりするんです。私って顔に大きなあざがあるじゃないですか。これ気にしてるのに、このあざのこと何度も何度も聞いてきて、私が怒り出すと事実を言ったまでだって逆ギレするんです。それだけじゃなくて私のこと『あざ子』って呼んで……ひどすぎじゃありませんか?」

「杉町って子は他人の気持ちが理解できない子だったんだねぇ。自業自得かもしれないけど、彼って普段どんないじめ、というか制裁ったらいいのか、食らってたか覚えてる? 君、名前は?」

「杉町君と同じクラスの尾瀬彩佳といいます」

「あぁ、遺書に名前出てた子だ」

 驚き気味の記者に、尾瀬は杉町と野球部の部員のトラブルについて話しはじめた。


 3か月前、尾瀬は杉町に抱きついていた。

「あんたたちいい加減にやめなさいよ!」

 尾瀬まで殴るわけにはいかない野球部員たちは手を止めた。

「お前なんで杉町なんか」

「あんたたち、さすがにやりすぎよ。ここまでする必要ある?」

「尾瀬だってこいつが俺たちに」

「知ってる、よく知ってる。けどだからって集団でボコボコにすることないでしょ! 試合に負けたことを杉町君にいじられたからって、負けたこと自体は事実なんだからしょうがないでしょ?」

「そのことじゃない! こいつ、俺が愛用してるバット手に持ったかと思ったら、こんなボロボロのバット使ってるから試合に勝てねぇんだって言ってバット放り投げやがった! これは憧れてる先輩からもらったラッキーアイテムなんだ! ほかのバットより全然使える! こいつ絶対に許さん!」

「杉町君、そんなこと言ったの? 今夏休みで杉町君部活入ってないわよね? わざわざそんなこと言うために学校まで来たの?」

「散歩してたらこのヒョロヒョロ男のボロバットが見えたんだ。ボロより新品のほうがいいに決まってるだろ? せっかく俺が負けた原因分析してやったのになんでこんな嫌がらせされなきゃいけねぇんだ」

「なんだと!」

「ちょっとやめて! 暴力はダメ!」

「そうだ! 暴力振るっても何も解決しねぇぞ! 正しい意見受け入れてさっさとバット買い替えろ! このあざデブ3子のほうがよっぽど分かってる!」

「……あざデブ3子? 何それ?」

「君って、顔のあざだけじゃなくて、クラスの女のなかで3番目にデブだってことにも気づいたんだ。だからあざデブ3子。他のやつと違いがはっきり分かるいい名前」

「あんたこの状況でなんでそんなこと言うの? バカじゃないの?」

「なんでバカ呼ばわりされなきゃいけねぇんだよ! デブってるお前がいけねぇんだろうが! デブって言われたくな」

 尾瀬は杉町が話している途中で彼を突き飛ばし、また元いた場所に戻って部活の準備をはじめた。

「お前かばってくれてた尾瀬のことまでボロクソに言うんだな。この毒舌のKY野郎が!」

 水を張ったバケツもってきた野球部の一人がそう怒鳴り声を上げると、そのバケツを杉町の目の前に置き、彼の頭をバケツに押し込んだ。

「ぶぁ! 息が! 苦しい! 息が! ぶぁ! でき、ない!」

「みじめな姿……」

 尾瀬は部活の準備をしながら、苦しがる杉町のほうを見てそう呟いた。

「せ、先生、たすけ、助けて!」

 野球部たちの水責めから逃げ出してきた杉町は、通りがかった野球部の顧問に助けを求めた。

「杉町、なんでお前そんなに泥だらけで水びたしになってんだ」

「野球部のやつらが殴ったり蹴ったり、バケツに顔押し付けたり、ひどいことばっかりするんです!」

「お前が腹立つこと言うからだろ!」

「何言われたか知らんが悪口言われた程度で杉町にこんなひどいことすることないだろ」

「先生、先週先生の誕生日にマグカップあげたでしょ? 杉町のやつ、野球部全員でお金出しあって買ったあのマグカップ見て、『そんな安物じゃ喜ばないでしょ』とか言うんだよ。どう考えたっておかしいよ。杉町のやつに先生からもなにか言ってよ」

「なんで安物を安物って言っちゃいけねぇんだ! 間違ったこと言ってねぇだろ!」

「先生の顔写真がプリントされたマグカップ、先生はうれしかったぞ。今職員室で使ってる。杉町、安物だなんだ言うのは不謹慎だ。心のこもった贈り物に値段なんて付けられないし、値段がいくらであれ、もらったほうはとてもうれしい」

「けど、安物には……」

「そんなこと言ってるから嫌がらせされるんだ! あいつらに謝って、トイレ行って泥流してこい!」

「先生まであいつらの味方すんのか」

「味方とかじゃなくて……」

「もう学校に来ない!」

「一生来んな!」

 野球部員の一人が言った。

「し、死んでやる!」

「いいよ死んで! そのほうがみんなのため。なんでみんなの嫌がることばかり言うの? あんた、クラス全員から嫌われてるの、知ってる?」

 尾瀬は大きな声で叫んだ。

 杉町は怒りに顔をゆがませながら、何も答えず、走り去っていった。

「先生、分かるでしょ、俺たちの気持ち」

 野球部員の一人がそう言うと、暴力をふるった野球部員たちを叱る立場にいるはずの顧問の教師は、何も答えず目をそらしたままだった。


「杉町君は、聞けば聞くほど、どうしょもない、空気読めない子だったんだねぇ。で、顔をバケツに押し込まれたり先生に説教されたりしたとき、尾瀬さんはどんな気持ちになった?」

「さんざん悪口言われてたから、ざまぁあみろっていう気持ちになって笑いが込み上げてきました。私の顔に大きなあざがありますよね?これ私的にはコンプレックスなんです。けど生まれつきだって言うと、みんな気遣ってあざのことを何も言わなくなるんです。けど杉町君は、私の顔見るたびに嫌がらせのようにあざのこと聞いてきて、しまいには私のこと『あざ子』って呼ぶようになって、それで」

「分かった、よく分かった。君の語ってくれた真実で、他とは違う視点から記事が書けそうだ! 尾瀬さん、ありがとう!」

 そう言うと、記者は急ぎ足で去っていった。

「へぇそんなことがあったの。自分勝手な記者ばかりじゃないってことね」

 家に帰って母にこの記者のことを話すと、母は少しうれしそうな顔をして言った。

    

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