家に帰ると

「中村市立神山中学2年の男子生徒が自殺。父親はいじめを苦にした自殺と主張。市に第3者委員会の設置を要請。自殺した男子生徒は同じクラスの3人をいじめた相手として遺書で名指し、かぁ。その3人のなかに彩佳は入ってないよな?」

 夕食どき、新聞を読みながら父親は娘に尋ねた。しかし娘は答えなかった。父親が新聞から娘に目を移すと、娘は食べるのをやめ下を向いていた。

「まさか……」

 家のなかが一瞬凍り付いたように静かになった。

「誰なの自殺した子って?」

 台所にいた母親が尋ねてきた。

 尾瀬彩佳は一言も話さず、一昨日のことを思い出していた。


「本当に合ってんのか?」

「だって見たもの。ないと困るんでしょ?」

「そりゃ、今日出さなきゃいけないし」

「俺はついてきただけだから。もし間違いだったら関係ねぇからな。あ、帰ってきた! 家に入ってった!」 

「早く! 今しかないわよ!」

「けど違ってたらどうすんだよ」

「あたしが行く!」

 ピンポーン

「はい」

 インターホンを鳴らすと、父親らしき人物が出てきた。ちょうど玄関で靴を磨いていたようである。

「あの、私、尾瀬彩佳といいます。今日のお昼休みなんですけど、杉町君が、ここにいる田山広也君のカバンから塾の月謝袋を取って、自分のカバンに入れるところを」

 杉町亮はちょうど靴を脱ごうとしていたが、尾瀬の話しを途中まで聞くと靴を履いたまま2階にある自分の部屋に駆け上がっていった。

「……亮君、今帰ったばかりですよね? カバンの中身、見せてもらえませんか?」

「なんでお前なんかに見せなきゃいけねぇんだよ!」

 2階から杉町の怒鳴り声が聞こえてきた

「いいから見せろ!」

 父親はそう言ながら2階へ上がっていった。杉町の部屋に入ると、話し声も、物音もしなくなった。

「おい、静かだな」

 付き添いで来ていた大木は気まずそうに小声で言った。

「玄関にいる女がくれたんだよ!」

 突然2階から杉町亮の怒鳴り声がしてきた。

「あたしのものじゃないのにあげるわけないでしょ……」

 と尾瀬は杉町の怒鳴り声にびっくりしながらもぼそっと呟いた。

「この月謝袋持ってるやつがくれたんだ!」

「なんで今日塾に渡さなきゃいけない月謝袋をあげなきゃいけないんだよ……」

 田山がぼそっと呟いた。

「玄関にいる女が勝手にこのバッグの中に入れたんだ! あの女のせいだ! あの女にハメられたんだ!」

「なんでお前はそうやっていっつも噓ばっかりつくんだ! 人のもの盗むなって何べん言ったら分かるんだ! このバカたれが!」

 父親の怒鳴り声とともに、頬をグーで殴るような音が玄関まで聞こえてきた。

「うわっ! 殴ることないのに……」

 月謝袋をただ返してもらうだけでいいと思っていた尾瀬は、予想外の暴力に不安な気持ちになった。父親がどすどすと足音を鳴らしながら玄関に下りてきた。

「あいつはばあちゃんやら叔父さんやら、いろんなやつの金盗んでやがる。このままほっといたら警察沙汰になっちまう。今日は徹底的に叩きのめしてやる。金は返す、もう帰れ」

 父は月謝袋を田山に渡し、それとは別に尾瀬に1万円を握らせた。

「お前たち、名前は?」

「私が尾瀬彩佳、月謝袋を取られたのが田山広也君、あの人は付き添いの大木健司君です、全員杉町君と同じクラスです」

 尾瀬たちが玄関を出ると、杉町の家から、父の怒鳴り声と、わめき叫ぶ息子の声が聞こえてきた。

「大丈夫かよ。俺たちのせいで殺人事件になったらシャレになんねぇな」

 田山が不安そうに言った。

「けど、いくつも前科あるならあれくらいはしょうがないわよね。っていうか、1万円得しちゃったね。3人で山分けして3333円?」

 尾瀬はほころび顔で言った。

「明日から面倒なことになりそうだな。俺たち、杉町と同じクラスなわけだし」

 尾瀬のほころび顔は、大木の言葉で険しい顔へと変わった。


「一昨日ああいうことがあって、昨日、杉町君学校休んでた。ってことは一昨日か昨日、自殺した……けど私が悪いんじゃない。田山君も大木君も。自殺したとしてもあたしたちとは関係ない!」

「おい彩佳! どこ行んだ!」 

 父の問いかけに答えず、尾瀬は外へ飛び出した。

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