第1話

 目が覚めると、そこには古びた天井があった。見慣れた光景。そこは吾輩の寝室であった。高価な調度品もなく、古びたクローゼットとベッド、それに机と本棚があるだけの質素な空間。


 ここは使用人の一人もいない、森の中の古びた洋館。貴族には相応しくないが、吾輩にはまさしくといった館の一室である。


 それだけに、吾輩の中には疑問ばかりが生まれた。


「はて……?」


 ここは、吾輩の処刑場から馬車で二週間ほどの場所。体感的には一瞬前には処刑台の上にいたはずである。一瞬で移動したというのは、いかに魔法と言えど荒唐無稽な話であろう。


 ―――ぞくり。


 思わぬ肌寒さを感じて、吾輩は腕を摩った。まるで真冬のようである。小さく口息を吐いてみれば、それは一瞬にして白く染まった。


「………今は夏のはずであるが?」


 なんとなく気になってクローゼットの中を覗くと、そこにはどうしたわけか、冬服ばかりが並んでいた。吾輩はその内の一着に腕を通すと、朝のルーティーンで閉め切ったカーテンを「しゃっ」と開いた。


 溶け残りの雪と枯木が、視界いっぱいに広がった。


 街まで続く、石舗装もされていない一本道。その地面に広がる霜柱を足で踏み込めば、ざくざくと愉快に音を鳴らすだろう。脇の庭畑に立てた案山子が、寂しそうにこちらを見ている光景も、よく見慣れたものである。


「おや?」


 ふと奇妙な物が目に入って、吾輩は窓に身を乗り出して外に出た。


「帽子、であるな……」


 吾輩の足元、庭畑の上に帽子がポツンと落ちていた。形は魔術師が好んで被る円形のとんがり帽子のようだが、普通の物よりもちと大きいようにも見える。

 徐に、吾輩はそれを拾い上げた。


 思わず、吾輩は息を飲んだ。


 ―――帽子の下に、美しい少女の首があったのだ。


 不気味だが、別に猟奇的なものではない。血の一滴も流れていないし、ミイラになっているわけでもない。雪解けの畑に置かれたソレは、むしろ美しさすら感じられるほどだった。


 いや、吾輩よ、冷静になるのだ。


 まるで意味不明である。


「ふぅ………む?」


 ひとまず、吾輩はその首を観察することにした。


 少女どころか幼女にも映る彼女は、まるで生きているようである。カフェラテのような淡いベージュ色の短い髪と、透き通るような白い肌は芸術品にすら見える。


 間近で観察しようと、身をかがめたときのことである。


 ぱちりと、少女の瞼が開いた。


「…………」

「…………」


 見つめ合う吾輩と少女。彼女の鼠色の瞳に、吾輩の間抜け顔が映っていた。


「お主は誰である?」


 先に口を開いたのは吾輩だった。


「それより先に、儂をここから出してはくれんかの。体が大根のように埋まってしまっているのじゃ」

「それは埋まっておるのか」

「うむ、埋まっておる」

「ふうむ」


 試しにと首元の土を軽く掘ると、なるほど、確かに真っ白な鎖骨が出てきたではないか。

 どうれ、このまま掘り返してやろう―――と思ったが、ふと脳裏に不安がよぎり手を止めた。


「? どうした? はようせい」

「ううむ。引き抜いてやりたいのは山々なのだが、その首根っこを引っ張った瞬間、マンドラゴラのように奇声を発せられても困るのだ。とりわけ植物系の悪魔や精霊は、人を騙すのが上手であるからして」

「儂はマンドラゴラなどではない! あんな低俗な悪魔と一緒にするな!」


 少女は妙に老人臭い口調で唾を飛ばしてくる。それがまた一層、胡散臭さを際立たせておった。


「いいか、儂こそは嘘の魔女アルター=ロリトール! 『嘘の魔法』を開発した第一人者なのじゃ!」

「…………つまり、お主は嘘つきということであるか?」

「うむ! 儂を超える嘘使いは、なかなかおらんぞ!」

「つまり、お主がマンドラゴラではないというのは嘘だと」

「それは嘘じゃない!」

「嘘使いというのなら、それも嘘ということであろう」

「うぅ………!」


 吾輩がそう言うと、アルター=ロリトールは涙目を浮かべて睨みつけてくる。流石に可哀そうなことをしたかと、吾輩は考えるように自慢の口髭を撫でさすった。


 なにも、いじめているわけではない。


 マンドラゴラやドリアードといった植物系の悪魔や精霊は、言葉巧みに人間を騙そうとしてくるのだ。しかし人間の感情を表現するのは苦手というので、試していただけなのである。


 まあ、彼女は普通の子供のようである。悪いことをした。


「冬の冷たい庭に少女が埋まっているのを見て、疑うなというのは無理な話であろう。少し試しただけなのだ。風呂を用意するので許してほしいのである」


 そう言って、吾輩はせっせと土を掘り返すのであった。

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