魔女の帽子は畑に生える~法螺吹き伯爵の2回目~
@misisippigawa1
プロローグ
吾輩は今日これより、今生に別れを告げる。
断頭台の上でギラリと輝くギロチンブレード。その真下で頭を差し出し項垂れる吾輩には、もはや炎天さえ見ることは叶わない。
視界に映るのは醜く歪んだ民衆の形相のみ。今か今かと、吾輩の死を待ち望む民草であった。
「殺せ!」
「よくも姫様を!」
「鉄槌を! 神の裁きを!」
民家に降り立つカラスの声すら届いてこない。響くのは吾輩に対する怨嗟、ただそれだけであった。
吾輩は一代限りの名誉伯爵。またの名を、法螺吹き伯爵と呼ばれていた。
ドラゴンの火吹きをふぅと一息して跳ね返し、島ほどの大きさの亀と大海原を冒険し、嵐を巻き起こす怪鳥と大陸中を飛び回る。それが吾輩という人間である―――などと、剥き出しの法螺を調子よく吹いたものである。
吾輩の法螺に耳を傾ける子供達が目を輝かせる姿は、今もなお脳裏に焼き付いておる。きっと絵空事の話だとわかっているのだろう。馬鹿だ阿呆だと笑いながら、それはもう楽しそうに、吾輩の法螺を聞いてくれていた。
とりわけ、『あの少女』の笑顔はとても印象的であった。
彼女の名はイレェナ=ル=ヴェルスガーデン。この国の第三王女でありながら、周囲から白い目を向けられていた少女であった。
今から七年も前の話。道化の食客として王城に招かれた際に、その噂を聞いた吾輩は、彼女に百日にわたる法螺話をしてやった。はじめこそ締め切った扉越しでの語りであったが、やがて扉の沓摺を挟み、ドア枠をくぐり、最終日にはお茶菓子を口にしながらの大法螺大会であった。
イレェナには笑顔がとても似合っていた。
―――そんな彼女を殺したという身にも聞きにも覚えのない罪で、吾輩は今まさに処刑されんとしておる。
冤罪だと声高に叫ぼうにも、聞く耳を持たぬ裁判官を相手に、検察から金を受け取る弁護人を味方とする負け戦であった。今思えば、その審判は結果が先に作られた茶番劇でしかなかったのであろう。それでも必死に叫ぶ吾輩はまさしく道化に違いない。あるいは噂通りの法螺吹きだと嘲笑われていたのかもしれぬ。
結局、イレェナの―――友の仇を知ることすら叶わなかった。
自嘲気味に小さく嗤った、その時のことである。
「まってくれよ! そいつは法螺吹きだけど、そんなことするやつじゃねえ!」
もはや神に祈ることしかできぬ吾輩の耳に、子供の声がやけに大きく聞こえてきた。声の方に視線をやると、子供が数人、人混みをかき分けてこちらに向かっているのがちらりと見えた。
見知った顔。飢餓刑後の晒し刑に顔を見せていた子供達であった。
「冤罪だ! 裁判をやりなおしてくれよ!」
「その法螺吹きは大嘘はつくけど、良い法螺吹きだわ!」
「そうだ! 姫様を殺すなんて、するはずない!」
「待て、止まれ!」
声高に叫ぶ子供たちが吾輩の近くへと来ると、断頭台を取り囲む兵士にその行く手を阻まれた。しかし子供たちが兵士を睨むのも一瞬で、直ぐに吾輩と視線が交差したのである。
その目からは、強い信頼が感じられた。
逮捕から裁判の終わりに至るまで、吾輩の吐く言葉はすべて法螺だと言われ続けたせいだろう。その目を受けて、胸の内から何かがこみあげてくるようであった。
その通り、冤罪である! 吾輩は何もしていないのだ!
………意味もなく、衝動的に叫びたくなったその時である。
「おい、こいつらは法螺吹きの仲間ではないのか?」
ふと、兵士の一人が呟いた。
―――このままでは子供たちも吾輩の冤罪に巻き込まれて殺されてしまうかもしれない。
「―――――――――わーっはっはっはっは!」
そう思ってからは早かった。吾輩はこれでもかと背を反り上げて、声高らかに大笑いしてやった。闇に慣れた視界が空に昇る火の光で白く染まり、ぱちぱちと火花が散った。
吾輩は、天にいるであろう『彼女』に心の中で謝ると、子供たちに向かって大口を開くのであった。
「馬鹿な子供である! なんという阿呆共であろうか! 吾輩の大嘘を真に受けて、こんなところまでやってくるなど、想像すらしておらんかった!」
「これは冤罪などではない!」
「吾輩が殺してやったのだ!」
「あの美しい顔を、歪ませてやったのだ!」
言い慣れぬ一世一代の大嘘を、口達者に吐いていた時のこと。
意識が切れる一瞬前、がこん、と何かが聞こえた気がした。
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