第15話 魔法使い(仮)たち、戦場へ

 喧嘩状態の騎士と司祭を止める義理もない。かつ、どちらを先に止めるべきか、ということは、明白だった。……対魔物の戦闘の方が、緊急性が高い。


 俺たちは足早に現場へ向かった。そこへ近づけば近づくほど、人々の声が大きく聞こえてくる。……戦闘音、爆発音、人の悲鳴。思わず生唾を飲み込んだ。


 ……異能力者同士の戦闘は、何度も見たことがある。でもこういうのは……やっぱり、慣れないな。


 首を横に振り、気分を切り替える。行くと決めたんだ。しっかりしないと。


 横を見る。実幸は凛々しい表情で、ただひたすら、前だけを見据えていた。……横で少しビビっている俺を、意に介す素振りもない。


「……実幸」


 俺が名前を呼ぶと、彼女は俺の方を見た。そして首を傾げる。


「最後の確認。本当に行くのか?」

「行くよ」


 やはり迷わない。どうして今更そんなことを聞くの? とも言われそうなほど、真っ直ぐな瞳だ。俺が尻込みしてしまう。


「……ちなみに聞こう。何か策は?」

「無い」

「ですよね」


 お人好しなのは結構だが、同じくらい無鉄砲でもあるのだ。……それでも、こいつは絶対に何か「良い結果」をもたらしてくれる。

 なんで、とか、どうして、とか聞かれても、俺にも分からない。「そういうものだから」以上に答えられない。……たぶん、強運を持ってる。そんなスピリチュアル的な回答しか出来ない。


 今日も今日とて、お人好しで無鉄砲。だがきっとどうにかなるんだろうし、巻き込まれる俺の方が怪我をするんだろう。いつものことだ。考えるこの時間が無駄な気がしてきた。


「……無理だけはするなよ」

「夢こそ!」


 俺たちはハイタッチをする。特に理由はない。

 そして物陰から、勢いよく飛び出した。





「1度態勢を立て直せ!!」

「怪我人はどれくらいだ!?」

「死んだやつの装備も使え!!」

「追加の魔法使いはまだ来ないのか!?」

「ひっ、だ、第2部隊、崩壊しました!!」


 様々な声が行き交っている。血の匂いが立ち込める戦場。魔物に食われて死んだのだろう、千切れた腕や脚が転がっているし、死んでいないとしても、欠損が激しい人が後方で悶えている。


 顔を上げると、そんな悪夢を起こした魔物の姿が良く見えた。……魚、だった。一言で言うと、魚だった。

 空中を泳ぐ魚。大きさは4メートルほど。マグロ漁師もびっくりの大きさだ。その口には鋭い牙があり、大きな尾ひれを一振りすれば、竜巻ほどの風が発生する。体全体も鋭利な棘が無数に付いているため、体当たりされたらひとたまりもないだろう。……それが、3匹いる。


 1匹だけだったら、どうにかなったのかもしれない。しかし、3匹は上手く連携を取り、人間たちを襲っていた。1匹の攻撃を避けたところに、もう1匹が攻撃。そこに更にもう1匹が追い打ちをかける。これで騎士たちの連携は崩されてしまったようだ。


 完全に、こちらの分が悪い。


「夢、よろしくっ!」

「はいはい……気をつけろよ!」


 実幸がウインクをかましながら俺に告げる。俺は走り去ったその背中に、大声で注意した。そしてその背中に、手をかざし。



 ──春眠の夢。



 異能力を発動。3匹の魚の元へと向かった実幸の姿を、幻影を作ってくらませる。


 ……と言っても、見えなくしたわけではない。


「なっ!?」

「大魔法使い様……!?」


 実幸の姿を捉えた騎士たちが、慌てふためいている。実幸は、ニッ、と笑って。


「「「「「みなさーーーーんっ!! 危ないので、下がってくださーーーーいっ!!!!」」」」」


 多重な声で、注意を促した。

 俺は、姿のだ。


 実幸たちは、魚の周りや下をうろちょろと動き回り、魚の気を逸らそうとしている。……いや、正確に言うと、大半は俺が動かしている幻影にすぎないのだが。


 くそ、こんなに大量に動かすの、結構難しいんだぞ……!!

 ……でも、これで3匹が翻弄されてくれたら……。


 そう思う、が。


「なっ……!?」


 俺たちの作戦とは裏腹に、3匹の魚は、実幸の方を向いていた。正確に言うなら……本物の実幸を狙っている。そんな風に見えた。


 どうしてだ!? 俺の作った偽物の実幸には、見向きもしない。邪魔そうに振り払うだけだ。


 そこでふと、ある可能性が俺の中に浮上する。……それは、魚の感覚器官についてだ。


 そういえば、聞いたことがある。魚は嗅覚と聴覚に優れていると。もしそれが、この世界でも適用されているとしたら? 俺の異能力が騙せるのは、視覚だけだ。質量がないから、偽りの実幸には足音がない。もちろん匂いを出すことも不可能だ。……もし本当にそうなら、この状況は非常に、非常にマズい!!!!


 そう考えている間にも、実幸に魔物が迫る。考えている時間が惜しい。だがどうする? 考えろ、考えろ。早く。実幸が助かる方法を……!!


 ぎり、と、思わず奥歯を噛み締める。もう、俺が突っ込んで時間稼ぎをすれば……。



「えっ、えーっとっ!! ……〝お魚さん、小さくなーーーーーれ〟っ!!!!」



 実幸の焦ったような、そんな声が聞こえた、その瞬間。


「……は?」


 走り出しかけていた俺は、思わずその場に立ち止まり、そんな声を上げる。


 目の前で、眩い光が上がった。そしてそれに包まれた魚が、小さくなったのだ。

 実幸が、叫んだ通りに。


「……魔法?」


 呟く。今のは、魔法なのか? いや、でも俺たちは、何故か魔法が上手く使えなくて。それに、っていうのか?


 頭の中を疑問が絶えないが、それはそうとして、だ。俺は再び走り出す。残り2匹の真下をスライディングで通り抜け、魔法のステッキ片手に光り、戸惑ったように固まっている実幸の横に立った。


「実幸!! 今、お前、何した!?」

「えっ!? わ、私にも分からなくて……」


 ……いや、呑気にこんな質問をしている暇はないな。残り2匹が、怒っている。そんな感情がひしひしと伝わる。

 ……よく分からないが、魔法が使えるなら、好都合だ!!


「実幸、もう1回、魔法を使ってみろ!!」

「わ、分かった!! やってみる!!」


 実幸は表情を引き締める。そしてステッキを握り直して。



「〝お魚さん、小さくなーーーーれ〟っ!!!!」


 高らかに、叫んだ。



 再び実幸の体やステッキが光を放ち、すぐ隣にいる俺は、目が眩みそうになる。だがなんとか耐えて、目の前の光景を注視した。……光は弾け、2匹の魚に向かっていく。……いや。


 コントロールが出来てない。光は四方八方に散って、騎士たちにも当たりそうになっている!!


 俺は反射的に実幸の手を握る。自然と、2人で1本のステッキを握っている形になった。


「ゆ、夢っ?」

「実幸、お前の魔力を俺に流せ。……俺がコントロールする!!」


 普段異能力を使っている分、力の流し方、扱い方は、俺の方がよく知っているはずだ。……こいつの中にあるらしい強大な魔力……俺に扱いきれるか、自信はないが……。


 実幸は俺を見つめ返し、頷いた。そして……。


「──ッ!!」


 分かる。俺の中に、俺以外の力が流れてくるのが。熱いし、違和感しかない。反射的にステッキを手放したくなる。……でも。


「……らっ!!」


 声を出し、気合を入れる。集中すると、四方八方に散らばっていた光が、1本の太い線になった。そして確実に、魚のみを狙う。


 光に当たりかけたせいか、へたり込んでいる騎士たちを横目に、俺たちは強く手を握り合う。


 実幸が力を、俺がそのコントロールを。

 俺たちの心は、1つだった。


「「……いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」


 俺たちは咆哮する。それに合わせ、光がその輝きを増し……。





 2匹の魚に、直撃した。

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