第6話 夢’sキッチン
とりあえず料理は残しておく。俺が作ってみて、ここの責任者であるエルマさん、そして適当に4人、計5人が食べてみて審査。もしその味が良ければ、提供してもいい、ということらしかった。
……まあ、本当に実幸に出すかそういえば分からないけどな。違う人だったらそのまま食べてもらおう。
目の前に食い物があると思うと、本格的に腹が減ってきたため、俺は作り始めることにした。何を作るかは決まっている。あとは、材料があるかどうかだな……。そっくりそのまま、全く同じものがあるとは、こういう展開のセオリー的な意味で、思っていない。だがこういう時は大抵……。
……似た感じの食材は、ある!!
「冷蔵庫、失礼しますね」
念のため許可を取ってから冷蔵庫の取っ手を握る。エルマさんが頷くのを横目に、誰かが意味もなく、きゃっ、と言った。やりづらくなるからやめてください。確かに冷蔵庫を覗くのは恥ずかしいものだということは分かるが……!! ここは家でも何でもないんだぞ。
そんなツッコミはともかく、と冷蔵庫に向き直り、開けて。
……。
「えー、この果実は……」
「それは『アストラバの実』さ」
「いや林檎ですよね????」
真っ赤に熟れた果実。まさしく林檎だった。林檎以外の何物でもなかった。アストラバの実だか何だか知らないが。俺にとってこれは林檎だ。間違いなく。
リンゴ……? と、エルマさんは訝しげな表情で首を傾げている。……まあいいか……林檎は林檎だろうし……。
これ、使っていいですか、と、また念のため許可を取る。構わないよ、とエルマさんに許可をもらったので、本格的に料理を開始する。まずは包丁で、林檎……いや、「アストラバの実」だったか、の皮を剥いていく。昔から料理はしてきたから、お手の物だ。
周りから、おお、と軽く歓声が上がる。俺の手裁きに感心しているらしい。
「まさかとは思ったけど、本当に男が料理出来るだなんて……」
誰かの声が耳に入った。……そうか、ここにいる男は、料理したりしないんだなー……脳トレにもなるし、楽しいのに。
剥き終わって、皮を食べる。ここが意外と美味しいんだよな……。うん、美味しい。というかやっぱりこれ林檎じゃねぇか。
しっかり種も取ったら、林檎を細かく切っていく。と言っても、ここで小さく切りすぎないのがポイントだ。あえて大きく乱雑に切ると、食感が楽しめる。特にあいつは、林檎が大好物だからな。果物特有を楽しめる方が、喜ぶから。
切り終わると、林檎はいったん放置で。次に勝手にフライパンを拝借。そして砂糖──シュレイというらしい──と、レモン──ロベリヌというらしい──を絞った汁を適量入れる。そして先程切ったばかりの林檎を投入。しんなりしたら、水分を拭きとる。少しだけバターも入れたかったが、無かったので割愛。
……さて、普段料理をする人なら、きっともう何を作るか、なんとなく分かっただろう。普段作らない人も、もしかしたら……くらいに思ってるかもしれないな。
でも答え合わせは、もう少し先で。
「ゆーーーーめーーーー!!!!」
もうすぐ完成、というところで、聞き慣れた声が響いてきた。思わず肩を震わし、俺は恐る恐る顔を上げる。そこには……。
「実幸……」
「こんなところにいたんだ!! 探したよも~、私に言わずいなくなっちゃってさ!!」
「いや、いなくなりたくていなくなったんじゃねぇよ……」
……そこには、俺の幼馴染の姿が。堂々と歩き、俺のところまで歩み寄ってくる。……厨房の入り口では、実幸の付き人であろう騎士がぐったりとしている。
「……実幸、あの人に謝ってきなさい」
「え?」
「どうせワガママ言ってここまで連れてきてもらったんだろ。謝って、それでお礼言え」
「えー、言うほどワガママ言ってないよ? ただ、夢がいるところを聞き出せるまで質問しまくっただけで……ゴメンナサイアヤマッテキマス」
俺が睨みつけると、実幸は大人しく騎士のところまで謝りに行く。それをしっかり見張っていると、後ろから「チンッ♪」と軽やかな音が。……どうやら出来上がったらしい。
早々に謝って早々に戻って来た実幸は、俺の隣に立つと瞳を輝かせた。
「ゆっ、夢っ!! まさか……これは……!!」
「ああ……丁度良いタイミングだよ、ほんとに」
そう言うと、俺は布で手を覆いつつ、オーブンから料理を取り出す。そして料理に飛びつこうとした実幸を押し止め、仕上げを行う。砂糖をもっと細かくした粉糖を掛けて。ミントはなさそうだから、まあこれでいいか。
「お待たせ。……完成だ」
「わぁっ……!!」
俺の作ったもの──そう、それは、アップルパイだ。実幸は分かりやすく瞳を輝かせる。そしていつの間にか持っていたナイフとフォークを、構えた。
……あれ、先に5人が食べるって話じゃなかったっけ……。
それに他の人も気づいたようで、実幸の背後で全員が「ハッ」とでも言いたげな表情をしていたが、もちろん実幸が気づくわけもなく。思いっきり、大口で、アップルパイを貪り始めた。
「……ん~~~~っ♡」
……かと思えば、腑抜けただらしない顔で、そんな声を出した。
まあ、その表情で、きちんと美味しく出来たということはよく分かった。それならいいんだ。
というのも、パイ生地がないものだから、1からパイ生地を作ることには苦労した……ないと思っていたバターも入手できたし……いやぁ、いい経験になった。
「夢ー!! 美味しいよ、ありがとう!!」
そして実幸には、んなことどうでもいいよな。
「……あり合わせのもので作ったから、それなら良かった」
「え、夢、食べてないの? はい」
「あ、そういや腹ペコだったんだった……ん」
実幸に差し出されるままに、アップルパイを一切れもらう。……口の中に甘さが広がって、うん、確かにめちゃくちゃ美味しい。流石、俺。
「他の人も、どうぞ!! 夢の料理は絶品なんですよ~!!」
「え……」
実幸の視線の行く先が、突然周りに当てられる。そのことに、厨房にいた女性たちは驚いているようだ。そして、明らかに困惑している。
「……そんな……私たちが、高貴な方と食事を共に、など……」
「? 高貴? 私はただの高校生ですよっ。ていうか、食事は1人じゃつまらないものです!! 1人で食べるなんて寂しいですよぉ。ほら、皆さん座って!!」
ほらほら~、ほらほら~、と、実幸が笑顔で促す。……こう言ったら実幸はテコでも動かない。意地でも皆に食事をさせるだろう。
……俺のその予想通り、実幸は無理矢理全員を席に座らせていた。一方、俺はというと。
「夢~!! もっと作って!! もっともっと!!」
「はいはい……」
実幸のワガママには、慣れっこである。言い返す気も起きず、俺はまたアップルパイ作りに乗り出すのだった。
……ちなみに、俺は無事、実幸に出す予定だった料理をいただくことができた。異世界のものだということで不安だったが、普通に美味しかったのは、せめてもの幸いである。
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