第7話 治安、悪すぎじゃない?

 そこからもまあ、色々あった。


「お前、騎士適性はないわ、魔法適性も微少だわ、更には厨房の女どもと仲良くなってて……さてはお前、女なんじゃねーの?」

「ジェンハラじゃねーーーーか!!!!」


 なんか顔も名前も知らない騎士にそう言われたときは、そんな風に叫んでしまった。あ、ジェンハラとはジェンダーハラスメントの略である。ちなみにその騎士は、「ジェ、ジェン……?」と首を傾げていた。予想はしていたが、知らないらしい。この社会じゃ仕方ないか。傷つく必要など一切ないため、俺は無視をし、その場を去った。


 その後も。


「お前みたいな落ちこぼれは、ここでしばらく反省してろ!!」


 と言って、汚部屋に放りこまれ、閉じ込められた。いじめか。いじめなのか。というか一体何を反省しろと言うのか。うーん……実幸を野放しにしてること? それは確かに……いや、あいつの暴走は俺の責任ではないだろ。


 そんなことを思いつつ、俺は悠々と部屋を出た。俺の異能──春眠の夢で、鍵位置を見誤らせたのである。せっかく鍵の付いている部屋なのに鍵が掛けられないだなんて、可哀想に。


「お前、少し大魔法使い様に好かれてるからって、調子乗ってるんじゃねぇぞ!!」


 大人数で囲まれて、そんなことを怒鳴られたこともあったっけか。そんなことより俺は、別のことを思い出そうとしていた。なんだっけ、こういう光景……なんかどっかで見たことあるような……。


「あ、そうだ。実幸の持ってた少女漫画」


 実幸は恋愛厨なものだから、部屋には大量の少女漫画がある。暇で仕方ないときはたまに読ませてもらうのだが……そこにはこんなシーンがあるのだ。「あなた、少し人気者の○○(主人公の想い人)くんと話せたからって、調子乗るんじゃないわよ!!」と、主人公に詰め寄るシーンが……。ああ、あれだ。今の光景、やけにデジャビュを感じると思ったらそれか……いやぁ、すっきり……。


「ショウジョマンガ……?」

「やはりこいつ、調子に乗ってるぞ!!」


 一体どこをどう見たらそんな結論に至るのだろう。マイペースに生きている自覚はあるが、調子になんて一切乗っていない。

 俺はため息を吐いてから……あ、と、言って。


「実幸」

「っ!!」


 騎士たちは一斉に、俺の視線の先を追った。流石にこの光景を実幸に見られるのは、マズいと思ったのだろう。ああ、あったわ。少女漫画でもこんな展開。……バレたらマズい、と思うくらいなら、初めからやらなきゃいいのにな……。


 ……そして残念ながら、それはブラフだ。


「なっ、どこ行った!?」


 実幸がいないとすぐに気づいた騎士たちは、再び俺を見ようとするが……もう彼らの瞳に、俺は映らないだろう。この便利な異能力を使って、俺の姿と背景を同化させてるからな。

 そして囲まれていたところから大きく跳躍し、既に抜け出している。大男を跳び越すには、それなりに身体能力が必要だが……まあ、それくらいなら異能力がなくても出来る。……実幸を守れるようにって、特訓したからな。


 というわけで俺は、騎士たちにこっそり「あっかんベー」をしてから、静かにその場を去るのだった。





「ここ、治安悪すぎません????」

「悪いねぇ」

「うん、悪いと思う!!」


 俺の渾身の一言に、エルマさんとライが同時に頷いた。エルマさんは少し困り顔で、ライは満面の笑みで、だ。


 俺はため息を吐いてから、試食で出された料理を食べる。……お、すごい美味しい。確か料理名は、「アレラ」だったか……。


「ねぇねぇユメくん、その料理どう? 美味しい? 私が作ったの!! オリジナル料理よ」

「え、そうなんですか。すごい美味しいと思います。……俺にも今度、作り方教えてください」

「もちろん!!」


 ライは激しく頷く。……こういう元気で、天真爛漫なところは、実幸にとてもよく似ている。俺は自分の口元が綻ぶのが分かった。


 ライは俺たちより少し年下。この厨房には基本的に成人済みの女性しかいないため、同年代の俺と話せるのが嬉しいらしい。


 俺たちが話す様子を、エルマさんが微笑みながら見つめている。……かと思えば、その雰囲気を遠くへやるように、ゴホン、と1回、咳払いをした。


「……さっきの話に戻るが、ここは力のない者にとって、地獄だよ。例えばアタシたちも、『王家直属の料理人』だと言ったら、聞こえはいいがね。最悪な労働環境、男たちからは視界に入っただけで睨まれる……全員からではないけどね。更に、アタシたちに対しての衣食住も貧相なものさ。怪我人や病人が出ても、上にはお構いなしさ。自力でどうにかするしかない。……まだ下町の方が、命の尊厳ってモンが守られてるよ」

「……」


 聞けば聞くほど、最悪だ。ここに実幸がいたら、間違いなくブチギレている。そのまま国王とかに直訴に行くだろう。そしてそれを慌てて止めるのも俺で……ああ、いなくて良かった。


「騎士の中にも、弱いがために非道な扱いを受けている者がいるという話も、聞いたことがある。……ここはもう腐っちまってるのさ。魔物が急増して危険だかなんだか知らないけど、もしこの国に来るっていうなら、先にこの城をぶっ壊してほしいものだねぇ」

「……そしたら、エルマさんたちも巻き込まれると思いますけど……」

「アタシは構わないさ。このままここで、こんな扱いを受け続けるくらいならね」


 まあ他の子たちは、と言いつつ、エルマさんは周りを見渡す。

 他の人たちは、様々な料理を作っている。夕食に備えて、だ。自分のご飯すらまともに食べられていないだろうに、それでも誰かのために。とても健気に。


「……こんな狭い城なんて出て、自由に生きてほしいんだがねぇ」

「……」


 エルマさんの瞳は、とても悲しそうだった。年長者として、下の者の幸せを考えているらしい。……こういう人は、好きだ。心の底から、他者の幸せを願える人は。


「……実幸には、言わないでもらえますか」

「ん?」

「心配、掛けたくないんです」


 俺とは違う。

 そんなことを思いつつ、俺は微笑む。エルマさんは驚いたように目を見開いた。そして……。


「やっぱり……かい?」

「違います。1話挟んだくらいで易々と変わると思わないでください」


 小指を立てたままのエルマさんは首を傾げる。申し訳ない。こちらの話だ。

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