第5話 厨房を冒険
しばらく彼女は笑い続けた。俺はもちろん、その場にいた他の女性たちもぽかんとしていた。
確かに何か言ってくれとは思ったが。笑ってくれとは誰も言っていない。笑わないでほしい。なんか余計に恥ずかしいから。
「いや……ふふ、すまないねぇ。あまりにもしょげていたものだからさ。可愛く見えてしまったんだよ」
「なっ!? どこがですか!!」
「んー、そういうところじゃないのかい?」
「意味が分かりません……」
可愛いだなんて心外だ。俺は咳払いを1つ、大袈裟なくらいにする。するとその女性は、また声をあげて笑った。
「まあ、事情は分かったよ。アンタも大変だね」
「はは……本当に……」
「アタシはエルマ。エルマ・ロデリアさ。アンタは?」
「あ、春松……春松夢、です」
ユメか。と、女性……エルマさんは何度も頷きながら復唱する。しなくていいのに。
「それでユメ、アンタはどうしてここに来たんだい?」
「えーっと……俺の見張りの騎士の視線がうるさかったのと、その、さっき言った幼馴染を探そうと思い……」
「なるほどねぇ」
エルマさんは納得したように頷き、腕を組んだ。まるで何かを考えるように。
「災難だねぇ。この国は、完全な男中心社会、かつ、実力主義社会だ。実力がなければ、男でも疎まれるのがオチさ。まあそれにしても、この国の男は皆、性根が腐ってるからね!!」
「はは……」
後ろにいる他の女性たちも、激しく頷いて同意している。……男女の溝は深そうだ。
……男尊女卑、実力主義、ね……。
「それで、その幼馴染というのは……」
「?」
エルマさんが、謎の笑みを浮かべつつ俺を見る。俺は首を傾げて……。
「これかい!?」
「違います」
小指を立てるエルマさん。秒速で否定する俺。勘弁してくれ。どこまで行っても恋人だと勘違いされる俺たち!!!!
「あいつと恋人なんて天と地がひっくり返ってもあり得ません。空が落ちてきてもあり得ません。そんなことになるくらいなら自分から死にます」
「またまたぁ、照れなくてもいいんだよ」
話が通じない。
ああ、この感じ、覚えがある……あいつとは幼稚園からの付き合いだが、そこからずっとあいつは俺にベタベタ、ベタベタと……常に一緒に行動してきたものだから、お陰で小学校も中学校も、「お前ら付き合ってるんだろ~」とからかわれ、否定すればするほど周りの方が燃え上がる……。
まだ高校には通って1週間しか経っていない。しかし、俺たちの関係が噂されるのはきっと時間の問題……。
……いや、そもそも、帰れるかすら分からないんだったか……ハハハ……笑うしかない。
「いやぁ、分かるよ。昔から一緒にいるものだから、今更どう切り出せばいいのか分からないんだろう? こう見えてもアタシも昔は……」
「……」
こういうのは聞き流す方が早い。
すると案の定、エルマさんは延々と喋り続けている。適当に相槌を打っていると、俺に近づく影があった。
「ごめんね、エルマさん、こういう話大好きで」
「あ、はい……」
俺に声を掛けた人物は、実幸と同い年くらいの少女だった。赤毛にそばかす……まるで赤毛のアンのようである。まあそれを言ったところで、通じるかは分からないが。
「私はライ。よろしくね、ユメくん」
「はあ……」
そう言うと少女……ライは、何故か俺の手を引いた。突然動かれたので、俺は思わずつんのめる。そしてエルマさんの方を振り返った。
「エルマさんの方は……」
「大丈夫よ。話に夢中だから、少しいなくなっても気づかれないわ」
そうだろうか、と不安になったが、確かに俺が少し離れても、エルマさんはまるで気づきそうな様子がなかった。目を閉じて、いつかの思い出に浸っているらしい。
「この厨房を案内するわ! そして私たちはミヴァリア王国直属の料理人、ってとこかしら。ここで出る料理は、全て私たちが作っているのよ!」
ライに手を引かれるまま、俺は厨房の真ん中まで連れて行かれる。確かに作業台には、所狭しと料理が並べられている。とても豪勢な料理だ。まるで、とても偉い人が来たような……。
……偉い人……。
「……あの、もしかして、大急ぎで1人分の料理作れとか……」
「よく分かったね! そうなの、だから私たち、てんてこ舞いで!」
やっぱり。
頭の中で呑気にダブルピースをしているのは、俺の幼馴染。十中八九、あいつのための料理なのだろう。さっき、丁重にもてなせだとか言ってたからな……。
「……1人分にしては、多すぎないですかね」
「え、だって、男の人っていっぱい食べるじゃん」
「……」
確かに俺だったら、この量は食べれると思うが。
だが生憎、この料理の行く先は実幸だ。小食かつ偏食気質のある実幸には、この量が食べられるとは到底思えない。それに、食わず嫌いするからな、あいつは……。
……。
「……提供先は、15歳の女性。好き嫌いが激しいから、知らない料理にはまず手を付けないだろうし、第一付けたとしても、食べきることはほぼ不可能でしょう」
「えっ!? じゃ、じゃあ、どうすれば……?」
ライが大袈裟にのけ反る。ここにいる人、のけ反るの好きだな。
そう思いつつ、俺は腕まくりをする。そして厨房にざっと視線を巡らせて。
「俺が作ります」
その代わり、なんて俺は笑って。
「ここにある料理、全部俺が食べていいですか?」
絶対に残さない。一切無駄にしませんから。
俺の言葉に、周りの女性たちはぽかんとしている。その静寂の中、俺の腹が盛大な音を立てた。
だって、仕方ないだろ。俺は男子高校生だ。育ち盛りなものだから、少し動けばすぐ腹が減る。
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