第4話 勇者は誰?

 実幸がお気楽な声で、高らかに告げた、その瞬間。



 パァァァァァァッ!!!!



 地面が、輝いた。いや、正確に言うと魔法陣か。……いや、光りすぎじゃないか? これ。眩しいんだが。眩しすぎるんだが。太陽を直視している気分なんだが。理科の先生に怒られるぞ……。


 そろそろ失明しそう、なんて思っていたところ、実幸の声がまた響き渡った。


「わわわっ、そんな光んなくていいですよ~!! 眩しいです!!」


 ……するとその声に合わせるように、光がその威力を弱めた。というか、なんか遠慮気味にピカピカしている。……まるで、実幸の機嫌を窺っているみたいな……。


「……あ、有り得ない……」


 すると俺の前にいた司教が、座り込んでいる。あ、この人もあの光にのまれていたのか……存在忘れてた。


「自力で、適性検査を行った……!? それに、杖もなしに魔法を使うだなんて……杖があったら、更にどんなに強くなるか……!!」

「……えっと……?」

「ヒッ!!」


 様子が変わったことを心配したのだろう。実幸が一歩近寄ると、司教は全力で後退った。……まるで化け物でも見るような目だ。実幸は露骨にシュン、としている。


「……奇跡だ」


 しばらく場には静寂が訪れていたが、誰かがふと呟いた。……それを引き金となったらしい。皆が堰を切ったように喋り出した。


「あのくらいの魔法使いがいれば……!!」

「魔物なんて目じゃないな!!」

「おい、彼女を丁重にもてなせ!! 出し惜しみはするな!!」


「……ねぇ、夢」


 隣にいる実幸が……冷や汗を流しながら、俺を見上げている。


「私、なんかしちゃった……?」

「……みたいだな……」





 そこからは何と言うか、怒涛の展開だった。


 実幸は天才だと担ぎ上げられ、分かりやすくヨイショされており、されたことのないもてなしの数々に、喜ぶわけでもなくただ呆然としていた。


 一方、俺はと言うと……。


「……もはや地下牢だろ、ここ」


 俺が連れてこられたのは、とある部屋。あるのは弱々しく光る電球と、その真下にポツンと置かれた椅子。固そうなベッド。申し訳なさ程度にある扉。鍵は壊れている。……いや、まあ、出れる分、地下牢よりはマシなのか……。


「地下牢? 馬鹿言え。お前みたいな役立たずに与えるには豪華すぎるくらいの部屋だ!」

「あー、はい、そうですね……」


 俺の呟きを聞いていたらしく、近くにいた騎士の1人に苛ついたように怒鳴られる。言い返すのも面倒なので、適当に納得をしたフリをしておいた。というか、自分でもその結論に至ったばかりだしな。


 俺はというと、すっかり実幸という名の金魚の糞扱いだ。ついさっきまでは逆だったというのに。


 ……騎士の目も鬱陶しいので、俺はその部屋から出ることにした。ここがどんな場所か、知っておく必要もあるしな。たぶん、長くいることになりそうだから。


「ったく、俺だって天才魔法使いとやらとお近づきになりたかったのに……こんな役立たずの見張りなんて……」


 ……どうやら騎士が不機嫌だったのは、そういった所以らしい。悪かったな、実幸じゃなくて。


 というかその例の実幸は、一体今何をしているのだろう。俺がいなくて、泣いていないだろうか。ワガママを言って、他の人を困らせていないだろうか。

 ……不安だ。


 ということで俺は、実幸もどこにいるのか探すことにした。


 まず俺が見つけたのは、厨房のような所だった。そこには沢山の女性がいて、なにやらせかせかと動き回っている。俺のことなど、気に留めた様子もない。


「……あの……」

「あ? 何だいこんな忙しいときに……っ、しかも男じゃないか!」


 俺が一番近くにいた人に声を掛けると、その人は鬱陶しそうに振り返る。……かと思えば、とても大袈裟にのけ反った。その言葉に反応したのだろう。周りの女性たちも、次々にこちらを見る。その瞳に浮かぶのは、蔑み、怒り、恐怖……。


 ……えーっと。


「俺が男で、何か問題でも?」

「大アリに決まってるじゃないか! まさか、アンタら男がアタシたちに何をしたか、忘れたとは言わせないよ。これでもここはアタシたちの安地なんだ。立ち入りはごめんだね。さぁ、帰った帰った!!」

「……」


 よく分からないが、この女性たちは……ここにいいる男たちに、余程酷い扱いを受けて来たらしい。酷い扱い……。


 ……割と心当たりがあるな。あの騎士たちとか……具体的に言うなればゲルニカとかあの見張りの男とか……。きっと自分より弱いと思った相手には、ああいう横柄な態度を取っているのかもしれない。確証はないが。


「……俺はここにいる人とは違います。そもそも俺は、この国の人ではありません。……少しで良いので、話を聞いてもらえませんか」


 なるべく優しい声で、ゆっくりと話す。もちろん微笑んで見つめることも忘れない。腰は低く。そうすることで、自分には敵意は一切ないことを、伝える。


 ……するとその女性は、少しだけ厳しい表情を緩めた。もちろん俺を警戒し続けていると思うが……それでも、少し話を聞いてくれる気になったようだ。


「……もしかしてアンタ、外部の世界から連れてこられたっていう、勇者ってヤツかい?」

「……ええ、恐らく。……情報が早いですね」

「女は噂話が好きなのさ。……それで? 何でアンタみたいな男がこんな地下にいるんだい? 大方、騎士適性か魔法適性が出て、戦いに出されるのが筋ってモンだろう?」

「……」


 ……痛いところを突かれた。というかやはりここでは、男が戦いに出るのが当たり前らしい。


 思わずしばらく黙ってしまったが、ここで黙り続けてしまってはなおさら警戒されるだけ……俺は腹を括ることにした。


「……俺……騎士適性は皆無で……魔法適性も、『そこら辺の5歳児と同じくらい』って言われるくらいしかなく……かと思えば、俺の幼馴染の女の方が、魔法適性がすげぇあって……俺はこっちに連れてこられて……」

「……」


 なんか恥ずかしくて、後半の方は小声になってしまった。おまけに彼女の顔も見れない。……目の前の人は黙っている。今、どんな表情を浮かべているのだろう。俯いているから、見れない。


 ……頼む、とにかく何か言ってくれ……!!


「……はっはっは!!!!」


 彼女が突然、大爆笑をし始める。だから俺は、ぽかんとしながらそれを眺め続けてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る