第3話 敵か味方か

 俺たちはしばらく睨み合う。すると向こうが先に、深いため息を吐いた。ため息を吐きたいのはこっちだ。


「……若いのがすまんな。昇格がしたいと躍起になっているんだ」

「……じゃあ、躍起になる相手を間違えてる、と言っておいてください」

「了解した」


 こうして見ていると、貫禄というか、威圧感がすごい。俺の頬を、自然と冷や汗が伝った。


「まず私の名は、エスール・ファシティア。ミヴァリア王国直属騎士団団長をやらせてもらっている」

「……どうも」

「先程大司教が言っていたように、ここはミヴァリア王国。君たちが今までいた場所とは全く別の場所だ」


 大司教って、あの人マジで大司教だったのか。そんなことを思いつつ、俺は無言で話の先を促した。


「君たちを呼んだのは他でもない。このミヴァリア王国を救ってほしいのだ」

「……救う……?」

「この国は、1人の騎士と1人の魔法使いが守っている。魔法使いが国王、騎士はその護衛を行うのだ。……だがそのどちらも、今病に伏せてしまっていてな。そんな中、魔物が急増したという知らせが相次いでいる。……国を守る騎士も魔法使いも、今は動けない。更に、彼ら以上に強い者など、ここにはいない」


 つまりそれは。


「……じゃあ、外から連れてくればいい……ってことか?」

「そういうことだ」

「俺たちを魔物に当たらせるつもり……つまり捨て駒、ってことかよ」

「そこまでは言っていない」


 言ってるようなもんじゃねぇか。俺は心の中で続ける。


 魔物が増えて困っている。だがこの国では対処できる人がいない。だから外から連れてきて、それに当たらせよう、と……簡潔にまとめてもやはり、捨て駒にしようとしているようにしか思えない。


「それに、大方戦うのは君のみになる」

「……?」

「君が騎士に適性するか、魔法使いに適性するか、それはまだ分からない。……だが女は、適性があるとしてもそれは微少だ。だから君が背後に庇っているその女は、戦地に行くことは無い」

「……」


 それなら良かったと言うべきか。男性が強い世界なんだな、と言うべきか。


「……拒否権は」

「構わないが、野垂れ死んでも世話はしない」


 元の世界に戻る方法も分からない。この世界で俺たちだけで生きる術もない。


「夢……」


 後ろから実幸が不安そうな表情で見上げてくる。

 ……つんでるな。


「……分かった。善処はする」

「ご協力、感謝する」


 そこで初めて、エスールが笑った。その一方、実幸の不安そうな表情は拭えない。

 ……いいんだ、これで。これが一番なんだ。


「では早速、適性検査を行おう、付いて来い」

「……」


 俺はエスールに付いて、歩き出す。……ちなみに言うと、実幸も付いてきた。そして俺はそれを放っておく。俺の背中にべったりついて、引き剥がそうにも離れそうになかったからだ。





「それでは、適性検査を行う」


 俺たちが連れて行かれたところは、大きな魔法陣が床に焼き付いた部屋だった。すごく広い……ここだけで、体育館くらいの広さがあるんじゃないか? ……そういえば学校とか、どうなってるんだろう……一応俺たち、学校に向かってたのになぁ……今頃無断遅刻、無断欠席扱いされてるだろうか。ああ、俺は一応これでも真面目で通っているのに……。

 というか、元の世界に戻れる見込みがない以上、今後行方不明扱いされてもおかしくな……。


「そこの男、前に出ろ」


 他に呼び方はなかったのか。……まあないか。そんなことを思いつつ、俺は言われた通りに前に出る。そしてしばらく歩いて、魔法陣の真ん中まで出て。


「名乗れ」

「え」


 そんな端的に命令されるとは思わなかった。こんなだだっ広いところで? 俺の名を? ……顔に熱が貯まるのが分かる。が、いつまでもこうしていても、話は進まない。


「……春松、夢」


 幼い頃、女みたいだと笑われた記憶がよみがえる。大人数に笑われてきた。そう思うと、自然と声も小さくなってしまった。


 だが、それに対しては特に何も言われそうな様子はなかった。ただ目の前の男……恐らく司教だろう……は、あのおじいさんよりは小さな杖を振りかざす。


「この真名に答え、彼に道を示したまえ」


 その声が、広い部屋に響き渡る。……が。


「……」

「……」


 いつまで経っても、何も起こる様子はなかった。

 失敗か? なんて思っていると、司教は黙って杖を下ろす。そして真顔で告げた。


「どうやら、騎士適性は皆無のようですね」

「……そうですか……」


 別に、別にいいんだけど。皆無だからって何も気にすることは無いんだけど。……なんか、傷つく。


 思わぬところで俺がダメージ(?)を受けていると、次に行きましょう、と司教は杖を持ち直した。


「この真名に答え、彼に道を示したまえ」


 もう一度、同じ言葉を紡ぐ。流石に魔法は……魔法適性はあってほしい……なんか悔しいから。と思っていると。



 ポウ……。



 魔法陣が微かに、光り始めた。まるで蠟燭の灯みたいに、淡く光っている。……これは……適性がある、ということなのか……?

 たまらず俺は顔を上げる。が。


 ……司教の顔色は、優れなかった。優れないどころか、真っ青だった。いや、真っ青通り越して土色になってきている。大丈夫か。


「……えっと……?」

「……魔法適性は、あります。ですが、恐ろしいほど、弱いです」

「弱い」

「そこら辺の5歳児と同じくらいです」

「5歳児」

「まだこの辺の成人男性を連れて行った方が役に立ちます」

「俺は役立たず」


 思わず馬鹿みたいにオウム返しをしてしまう。俺のレベルは、5歳児。某モンスターを育成するゲームの初期レベルと一緒だな……と、現実逃避の様に思った。


「どういうことだよ!!」


 そこで背後から大きな声が響いた。この短時間で聞き慣れてしまった、ゲルニカの声だった。


「この前の星読みで、『新たに来た勇者たちが国に栄華をもたらす』って、そう言われてたじゃねぇか!! それがこんな役立たず!? ふざけんな!!」


 役立たず。その台詞が俺の胸に容赦なく突き刺さる。それは何と言うか、素直に、傷つく。


「星読みに間違いはない。……となると、大司教が人を間違えた……?」

「そもそも、その適性検査が故障しているということは?」

「そこの司教が何かを間違えたのではないか!?」


 俺の魔法適性が微少、という事実1つだけで、ここまで人間は盛り上がれるものなんだな、と俺は思わず思った。……というかこの流れ、マズい気がする。色んなとこに飛び火して、誰かがタコ殴りにされそうだ。現に、今目の前にいる司教も、いつ自分が責め立てられるかと震えている。ごめん、俺が役立たずなせいで……。


 というか、他人の心配なんてしている暇はなさそうだ。俺の視線の先、ゲルニカが思いっきり睨みつけている。……さっき散々喧嘩を売っちまったもんな……。斬られるのも時間の問題か……。


 跳躍したゲルニカを見て、割と本気で死を覚悟した、その瞬間。



「みなさーん、落ち着いてくださーーーーいっ!!!!」



 聞き慣れた声が、響き渡った。


 静寂が訪れる。跳躍したゲルニカは気を取られたせいで着地に盛大に失敗する。だが俺はそれよりも。

 俺の目の前に歩み寄った実幸が、そればかりが目に映っていた。


「……実幸」

「大丈夫!!」


 実幸は満面の笑みを浮かべる。そして。


「小波実幸です。このマナ? に答え、私に道を示してくださーーーーいっ!!!!」

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